彼は帰国すると、マンションに一度戻り、近くに1Kのアパートを借りた。
 マンションに一時帰宅した際、直ぐさま佐藤と舞花が訪ねてきたが、「わりい。今立て込んでるんだ。一週間ぐらいしたら落ち着くから」と、一切話を取り合わず、その間隙にアパートに引っ越したのである。
 彼が、パリから持ってきた絵は一枚きり。
 それも、クローゼットに隠した彼は、佐藤の家に電話をして、「落ち着いたから来いよ。ただ、今日は舞花は呼ぶな」と電話口の佐藤に言い、そうして待った。
 夜の七時。乱雑した画材道具と、適当に引かれた布団以外には何も無い部屋に、呼び鈴の音が鳴り響く。
 彼は、すぐさま玄関に行き、その扉を開けた。
「わあ! 憲広ぉー! 久し振りー!」
 佐藤である。
「おお。久し振りだな。まあ上がれよ」
 彼もそう言い、佐藤を中に招き入れる。「うわあ。何も無い」
「まあ放っとけ。それより、義久。飲むだろ。酒」
 居間をふらふらとしている佐藤に問うと、佐藤は、きょとんとした。
「え、お酒? 俺、お酒飲めないよ? 苦くて、嫌い。っていうか、憲広、お酒飲むの? え! 何時から飲んでるの?」
「これもな」
 彼は、ポケットから煙草を取り出し、火を点けて吹かした。
「え? 煙草も! ……! 憲広? どうしたの? 凄く痩せてない? ガリガリじゃん。俺……」
「お前こそ、俺とは何だ俺とは? お前は僕だろ。ぼーく」
 彼の冷やかしに佐藤は頬を紅潮させたが、「俺だって、子供のままじゃ居られないんだよ」と、笑いながら言った。
「ふーん。ませやがって。まあ、それなら良いだろ? 俺等も今年で気が付けば二十歳。大人の仲間入りだ。祝い酒って奴か?」
「え! でも僕、まだ二十歳になってないよ?」
「おい、早速戻ってるぞ。まあ、付き合えよ。俺はお前と飲みたいんだ」
 彼は、対面に位置するキッチンに行って吸っていた煙草をシンクに投げ入れると、玩具のような冷蔵庫からビールを二本取り出し、ふらふらと寄ってきていた佐藤に片方を渡す。