村田が、唐突にパリ行きを決め旅立った時、彼は流石に驚いたが、自らも自分の道を進もう、と心に決めた。と言っても、彼は、舞花の後をただ着いていくのみである。
「まさか、大学まで同じとはね」
 舞花はまだ大学に入りたての当時、皮肉の混じったような溜め息をもらしたものだ。
 彼は、その度に「立野先生となら、山なり谷なりお供します。しかも、僕はもっと文学を学びたいんだ!」と声も高々に叫び、周りに居る生徒からの失笑を買っていたのである。
 彼等は、マンションから、自転車で駅まで十分、その後電車で四十分、降りて歩き十分の、とある公立の大学に席を置いている。
 学科は語るまでも無く、彼と舞花は、何時も隣同士、同じ講義を受ける。彼が舞花に全てを合わせる。
 入学当時に舞花に迫ってきた男達は、彼の顔を見ると――何故かは知らない――二三点捨て台詞を吐いて去っていったので、彼等は概ね同じ時間を共有出来た。
 また、まだ雪の振る二月の某日、急に舞花が「バイトしたい。出来れば、ジョナサンで。あの制服を着るのが夢だったの」と言い出したので、彼はそこでも舞花の真似をし、マンションの近所の、偶に通っていたジョナサンで、舞花と共にバイトを始めた。歳の近い、マンション内の友達は、二人とも既に引っ越し、村田も現在は欠番していたが、彼にとって、ボイターズは、永久に不滅なのである。メンバーが九人集まる事は、遂に最後まで叶わなかったが。



 その日は、蝉の鳴く、熱い一日であった。夏真っ盛り。大学に入ってから、二度目の夏休みの事である。
 その日、彼は、十四時から二十時まで、舞花は、九時から、十五時までバイトのシフトが入っていたので、……今日は一時間だけど、舞花と働けるな、そう思いながら、彼は自転車で国道沿いにあるバイト先へ向かった。
「おはようございまーす」
 店の裏から、事務所に入ると、「あー、お早う! 義久君! あのね、今日はクッキー作ったの。あげる!」と放ち、山岸が、彼に向かって走ってきた。山岸は、最近入社してきた新人である。
「あ、有り難うございます! 美味しそう! 大事に食べますね!」
 彼は、満面の笑みで返す。山岸は、二十そこそこの若い女で、顔は化粧が濃く、つり上がった目がキツそうな雰囲気を醸し出していたものの、優しい女性である。