「これ」
 舞花が差し出した縫いぐるみを受け取る彼。ふとした疑問を零す。
「なんだこれ? 酷くぼろいな。これが一番気に入ってんの?」
「……うん。ずぅーっと。ねえ憲広? ……うん。お願い事ひとつ聞いてもらって良いかな?」
「うん? 何だ?」
 彼は、汚れた、――外国の、お姫様であろう。ドレスを着ている。髪は金髪で、瞳が青い―― 縫いぐるみを見ながら、素っ気なく言った。



「そっか」
 彼は、しみじみと呟く。
「うん」
 舞花も、それだけ呟く。頬には涙の零れた跡。気付けば夜。佐藤は来ない。
「ごめんね? こんな話して」
 舞花は、未だ震える声で囁いた。
「いや、分かった。ところで、義久はこの話知ってるのか?」
「いや、知らないよ? ……この話をしたのは、今まで憲広だけ。義久には、内緒にしてて。時期が来たら、自分で言うから」
 舞花が、自嘲しつつ微笑したので、彼は、得も知れぬ感情を抱いた。
「分かった。俺が甦らせてやる」
 彼も、最早それだけで精一杯。そうして、本棚を見遣る。右端。本当は、何冊も並んでなければいけない著名な作家。
 彼は心に決めた。
 ……そうなると、日本では駄目だ。なら……。
 彼が、佐藤に、「フランスに留学をする」と言ったのは、それから一月後の事である。
 彼は、本気で歩き出した。仄かな恋心が無い訳では無かった。瞬間的に浮かんだ、佐藤の顔を霧に隠して。