「ああ。どうすっかな、って言っても、来たばかりだしな」
 彼は、ちらりと舞花を一瞥した。
「うん。憲広もっと居なよ。……あの、絵の芸術論聞きたいしさ」
 舞花は、何故だか歯切れが悪い。
「という訳だ。俺も暇だし、今日は舞花の家でくつろぐとするわ。用事って何時頃終わんの? 終わったらまた来いよ」
「うーん。分かんないんだよね。まあ、来れたら来るよ! 今日は三件も回らなきゃいけないんだ」
「そっか。まあ頑張れよ、小説家さん。車になんか引かれんなよ?」
「うん。じゃあ行くね。バイバイ。舞花もバイバイ。おばさん! 御馳走様! あと、お邪魔しました!」 
 佐藤は、キッチンに向かって大音声で放つと、もう一度彼等に「バイバイ」を言い、バタバタと出て行った。
「忙しい奴だ」
 彼の言葉である。
「ねえ、デートかな?」
 舞花は、ベッドから床に腰を下ろすと冷やかしたように言った。
「馬鹿。違うよ。大方、貰ったラブレターに一人一人断りに行ってんだよ。あいつは、そう言う奴だ、って舞花? あいつにこんな事言うなよ?」
「ああ、そうなんだ。だから、この頃忙しそうにしてるんだ。義久、モテるもんね。その癖酷い舌っ足らずなんだから。……ギャップって奴?」
 二人して笑った。彼は、ふと箪笥の上にある縫いぐるみを見上げる。
 そこには、プーさんやら、ミニーマウスやら、変な宇宙人やら、沢山の縫いぐるみ。
「なあ、舞花。何でこんなに縫いぐるみ集めてんだ」
 彼は尋ねた。
「え? 理由なんて無いよ? 可愛いから集めてるの。……憲広? 小説ばっかり読んでるからって、勘違いしてない? 私だって女の子だよ? こーんなに可愛い女の子なんだから! ……顔に傷持ちだけど」
 舞花は、最後だけ呟き、肩を落とす。
 彼は、……しまった! と思い、「あ、あ、あれだ! この縫いぐるみで、一番気に入ってるのはどれだ?」と、些か突飛な質問をした。狼狽していたのである。
「ふふ。ありがと。フォローしてくれてるんだね。けれど、その筋道も間違いかも……」
 舞花は、意味深な発言をしながら立ち上がり、ひとつの縫いぐるみを胸に抱いた。
「えっ。どれ?」