L字型の体をなした、些か古びれた感のあるマンション。彼は三階、村田は最上階の六階に住んでいた。
 彼等は、一度昼食をとる為に一旦別れ、各々の自宅で空腹を満たし、一時からはみっちりと、夕方の六時まで遊んだ。
 途中からは、彼の元来の友達も加わり、鬼ごっこ、サッカー、秘密基地作りと、てんやわんやである。
「みんないい奴だな」
「でしょ!」
 たわいもない会話をしながら、夕暮れと共に帰り道を歩いていた時には、転校初日だったというのに、彼にはまるで、幼稚園からの付き合いのように感じた。



 それからは、家がが近いのが、やはり最大の理由であろう、彼と村田は、何時もマンションの近くの神社、一本通りを挟んだ先にあるスーパー、或いは村田の家、彼の家と、拠点をとっかえひっかえしては、毎日のように遊んでいた。野球も、正式に外野手が加入となった。
 そして、気付けば、彼にとって最早親友とまで呼べるようになっていた村田だったのだが、実は物凄い特技を持っていたのである。
 それは、遠足で、横浜のシーパラダイスに行ったその翌週に発覚した。
 その日は、図画工作が二時間続けて時間割に組まれており、彼は中々子供ながらに、今日は楽だ、等と思っていたが、その日の実習は、シーパラダイスで見た、イルカのショーの絵を描く事になった。
 ……絵。彼は落胆した。
 彼は、勉強は良く出来たが、元来手先の不器用な人間である為、勿論絵心などある筈も無く、……ええい、正にヤケクソ、下書きをさっさと書いて、水彩絵の具でこれまた勢いに任せて塗った。水の色を紫色に塗ってしまったのは、周りを軽く見渡した所、流石に彼だけであったが、自分の作品は、五十歩百歩、何時もこんなものなのだ。
「佐藤は、勉強は出来るのになあ。いや、頑張りなさい」
 そうして先生に、あくまでも、遠回しに拙作とお小言を言われ、しょげながら自分の席に戻る。
 そうして、別段やる事も無く、かと言って片付けるには早すぎた為、彼は周りを見渡す。ふと窓際に居る村田の姿が目に留まった。
 村田は、何やら、色を塗っているようで、真摯な姿勢が、こちらからでも見て取れる。
 彼は、気になり、水を捨てる振りをして村田の机に近付き、そして、その手腕に正に、驚愕した。
 こんなに驚いたのは、彼にとって恐らく初めての事であった。