彼は、ふと周りを見渡したが、勿論そんな髪型をした人は居ない。
 それはどことなく、前に観たアニメーションを思い出させた。
「よし。……じゃあ、後方の開いてる席、そこに座って。あ、目は悪くない? もしあれだったら誰かと代わらせるけど」
「いえ、大丈夫です」
「そっか。じゃあ座って」
 舞花は、そのまま席に向かう。手で、右の垂れた前髪をしっかり抑えながら。
「よし。じゃあ出席取るぞ。……」
 彼はぼぉーっと、担任が出席を取るのを聞きながら、……お近づきになりたい、そう思っていた。村田が転校してきた時と、全く同じパターンである。
 中学生になっても、彼は無邪気且つ、好奇心おおせいなその性格を維持していた。
 まもなく、ホームルームも恙無く終了し、一時限までの、微かな空白が彼に齎される。
 彼は、早速、舞花の元に馳せ参じようと思ったのだが、舞花の席に目を遣ると、女生徒が、わらわらと舞花を取り囲んで、燦々たる賑わいである。
 それには、流石の彼と言えど、切り開く術など有り様もない。正に、モーゼの十戒なくしては。
 しかし、そんな彼の席に、逆に見慣れた人間が訪ねてきた。
 村田である。
 村田は、「義久、ちょっと来い!」と言いながら、彼の片腕を掴み、教室を出ようとする。
「……? どうしたの?」彼も、従い付いていく。
「ああ、ちょっと話」
 彼等は、便所に向かった。



 便所。彼等は並んで用を足しながら、話をしている。
「ええ! マジで!」
 彼の声が、手狭な便所に響いた。
「ああ、マジ。大マジ。この前見たんだ。すっかり忘れてた」
「じゃあ、それこそボイタ連合軍に加えなきゃ。やったあ。ねえねえ、あの子、野球好きかなあ」
 ちなみに、ボイタとは、見るからに、ボ、ロイ。人が、イ、ない。無駄に、タ、かいの略語である。彼が考案し、賛成二票、無投票二票で、一二年前、見事にその命名で可決された。