「あの…私、まだ返事もらってないです……」
アヤちゃんはキティちゃんのストラップをいじりながら、ちらっと俺を見た。
かわいいなぁ。
普通、わかるだろ?
「団扇のためだけに…好きでもない子のために、わざわざ会いに来ると思う?」
目を見開いたアヤちゃんが、俺を見つめる。
「それって…マサキさんも、私のこと…好き…ってことですか……?」
…そうだよ。
いつしか、惹かれてた。
10歳も歳が離れた君に。
俺は車のルームランプをつけた。
「こういうことは、ちゃんと相手の目を見て言わなきゃね」
アヤちゃんの赤く染まった頬が見えた。
泣きそうな目で見つめる先には、俺。
「アヤ…好きだ。俺と付き合ってください」
.
アヤは震える声で「お願いします」と言ってくれた。
俺はアヤに、右手の小指を差し出した。
「浮気…すんなよ」
…アイツみたいに。
「しっ、しませんよ〜!マサキさんこそ、浮気しないでくださいよ!」
「しないよ」
しないよ。
できるわけがない。
された側の…哀しみや孤独を知ってる俺には……。
俺はアヤと新たな『約束』をして、アヤを家に送って行った。
ひとりになった車内で、余計なことを思い出す。
俺を裏切った、アイツのこと。
アイツの元に残してきた、あの子のこと。
父親がいないと言ったアヤが、あの子とカブって見える。
…アヤとあの子を重ねるな。
アヤを哀しませることだけは、したくない……。
.
いつの間にか、俺はある家の前まで車を走らせていた。
電車から見える、青い屋根の家。
この家を遠くからでも見たいがために、マイカー通勤していない俺。
アヤが知ったら、何て言うんだろう。
まだ高校生のアヤには…受け止められないかもしれない。
鳥肌が立った。
さっき手に入れたばかりの愛しい人が、そばを離れていくかもしれない恐怖。
…わかってる。
たとえアヤが俺の過去を拒んでも、
俺は何も言えない。
引き留められない。
過去は…変えられないから……。
でも、ほんの少しだけ…
期待したいんだ。
久しぶりに見付けた恋。
久しぶりに愛した人。
俺は青い屋根の家から、車を走らせた。
アヤの名前を呼びながら。
あの子の姿を…忘れようとしながら――。
.
第四章
〜キス〜
私の片想いだった恋は、気付けば両想いになっていて。
『隣の車両の憧れの人』だったマサキさんは、花火大会の日から『彼氏』になった。
ずっと、ただ見てることしかできなかった大好きな人。
そんなマサキさんが、私の名前を呼び捨てで呼んだり、
仕事帰りに必ず電話をくれる。
メールは相変わらず簡潔で淡泊だけど……
それでも、忙しい合間をぬって、私のことを考えてくれてる。
その気持ちが…すごく嬉しいんだ。
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私はマサキさんと、電話でいろんな話をした。
今まで知らなかったマサキさんを、色々教えてもらった。
マサキさんは、今27歳。
私よりちょうど10歳上。
実家は他県だけど、大学進学のためにこの地域に来て、そのままこっちで就職して、今に至る。
お父さんとお母さんとお兄さんがいるけど、最近会ってないみたい。
「寂しくないの?」
最近やっと敬語から脱出できた私は、マサキさんに尋いたことがある。
「親とか兄貴に会えないのはそんなに寂しくないかな。向こうからはよく電話とかかかってくるし。
でも、アヤに会えないのは寂しいよ。毎日会いたいし、毎日話したい」
…そんなこと言われたら…
夏休みだから学校に行く予定なんてないけど、
朝、電車に乗っちゃうよ?
マサキさん。
『好き』の力ってすごいんだから。
好きな人のためには、なんでもできちゃうんだから。
マサキさん、覚悟してね。
私はもう、こんなにマサキさんが大好きだから。
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次の日、私は早起きし、7時32分の電車に乗り込んだ。
私服のせいか、隣の車両のマサキさんは私の存在に気付かないまま。
…なんだか、おもしろい。
大好きな彼氏を、こうして遠くから観察していると、
『こんなに素敵な人が私の彼氏なの?』って…
不思議に思えてきちゃうよ。
私が乗り込んでから、一つ目の駅に着いたところで…
一瞬、マサキさんがこっちを見た。
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…気付いた?
一瞬、ちらっとこちらに目を向けたマサキさんは、何事もなかったかのように正面を向き……
そして、今度は勢いよくこちらを向いた。
「アヤ!?」
その声は、隣の車両にいる私の元まではっきりと聞こえて。
ハッと我に返って、大声を出したことを周囲に謝るマサキさんがなんだかかわいかった。
「アヤ、来なさい」
口パクでそう言いながら、マサキさんは私を手招きした。
命令口調。
なんだか、すごくドキドキした。
私はそっと車両と車両を繋ぐドアに手をかけ、マサキさんがいる一般車両に移動した。
「何してんの!」
小声で、わざと少し険しい表情をするマサキさん。
「だって…マサキさんに会いたかったから。マサキさんも会いたいって言ってくれたし…」
周りの人から見えないように、マサキさんのワイシャツの裾をちょこっとだけ掴んだ。
…その私の右手を、
ズボンのポケットに入れられていたマサキさんの左手が、包む。
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「…バカ。」
「えっ?あ…ごめんなさい…」
私は、マサキさんに喜んでもらいたい一心で、アポもなしにマサキさんに会いに行った。
それを怒られてるんだと思った。
でも……
「違うよ」
マサキさんは、吊り革を握っていた右手を離して、私の頭を撫でた。
「こんなことされたら嬉しすぎて…今日の仕事、手につかなそう」
マサキさんは背も高いし大人なのに、こういうことを言うときは仔犬のようにかわいい。
「だーめ。ちゃんとお仕事してきてねっ」
「はーい…」
それから私は、マサキさんが降りる駅まで一緒に乗って、車内からマサキさんを見送った。
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