好きだから、別れよう。




――何を考えてるんだ、俺は。





自分の頭の中に浮かんだ煩悩を一生懸命消し去り、俺はアヤちゃんに明るく言った。



「じゃあ、少しだけ夜遊びな!」



アヤちゃんは嬉しそうな笑顔を見せた。



俺の好きな、無垢な笑顔のアヤちゃん。






この笑顔を独り占めしたい。









俺は小さな公園に車を停めて、アヤちゃんに話しかけた。



「さっきさ…最後のスターマインのとき、アヤちゃん俺に…」



わざと、じらすように言ってみる。



純情なアヤちゃんは真っ赤になって俯いている。





…かわいいなぁ。



かわいすぎて、ぎゅぅぅって…抱きしめたくなる。





「アヤちゃん、俺に…『マサキさん、老けてる』って言ったでしょ!?」




…あ。


元々大きいアヤちゃんの目が、さらに大きく丸くなった。







.



「そ、そんなこと言ってないです!!私は、『好…」



「え、なになに、『す』?」



アヤちゃんは真っ赤な顔に涙目で俺を見てくる。





…あんまりいじめるのもかわいそうだな。



でも、ちゃんと想いを伝え合いたい。





俺はポケットからキティちゃんのストラップを取り出した。




「じゃーん!見て見て、アヤちゃん!」



「わっ!かわいい!!」



アヤちゃんの緊張が解けたのがわかる。



「…キティちゃん、ほしい?」



「はい!!」



「じゃあ、スターマインのとき、何て言ったのか教えて?」



「……っ!?」











…キティちゃん効果、絶大。





アヤちゃんは俺から目を逸らし、俯いたまま…言ってくれた。



「マサキさん…好きです…」










なんか、ホッとした。






俺…また恋できたんだな。



俺…恋していいんだよな?










俯いたままのアヤちゃんの手に、俺はそっとキティちゃんを乗せた。







.



「あの…私、まだ返事もらってないです……」



アヤちゃんはキティちゃんのストラップをいじりながら、ちらっと俺を見た。






かわいいなぁ。


普通、わかるだろ?








「団扇のためだけに…好きでもない子のために、わざわざ会いに来ると思う?」



目を見開いたアヤちゃんが、俺を見つめる。



「それって…マサキさんも、私のこと…好き…ってことですか……?」








…そうだよ。


いつしか、惹かれてた。


10歳も歳が離れた君に。










俺は車のルームランプをつけた。



「こういうことは、ちゃんと相手の目を見て言わなきゃね」








アヤちゃんの赤く染まった頬が見えた。



泣きそうな目で見つめる先には、俺。





「アヤ…好きだ。俺と付き合ってください」








.



アヤは震える声で「お願いします」と言ってくれた。



俺はアヤに、右手の小指を差し出した。



「浮気…すんなよ」



…アイツみたいに。







「しっ、しませんよ〜!マサキさんこそ、浮気しないでくださいよ!」



「しないよ」




しないよ。



できるわけがない。



された側の…哀しみや孤独を知ってる俺には……。











俺はアヤと新たな『約束』をして、アヤを家に送って行った。








ひとりになった車内で、余計なことを思い出す。




俺を裏切った、アイツのこと。



アイツの元に残してきた、あの子のこと。






父親がいないと言ったアヤが、あの子とカブって見える。








…アヤとあの子を重ねるな。



アヤを哀しませることだけは、したくない……。









.



いつの間にか、俺はある家の前まで車を走らせていた。



電車から見える、青い屋根の家。



この家を遠くからでも見たいがために、マイカー通勤していない俺。







アヤが知ったら、何て言うんだろう。



まだ高校生のアヤには…受け止められないかもしれない。








鳥肌が立った。



さっき手に入れたばかりの愛しい人が、そばを離れていくかもしれない恐怖。







…わかってる。



たとえアヤが俺の過去を拒んでも、

俺は何も言えない。



引き留められない。



過去は…変えられないから……。







でも、ほんの少しだけ…


期待したいんだ。






久しぶりに見付けた恋。


久しぶりに愛した人。










俺は青い屋根の家から、車を走らせた。




アヤの名前を呼びながら。



あの子の姿を…忘れようとしながら――。










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第四章

〜キス〜



私の片想いだった恋は、気付けば両想いになっていて。



『隣の車両の憧れの人』だったマサキさんは、花火大会の日から『彼氏』になった。









ずっと、ただ見てることしかできなかった大好きな人。



そんなマサキさんが、私の名前を呼び捨てで呼んだり、

仕事帰りに必ず電話をくれる。






メールは相変わらず簡潔で淡泊だけど……





それでも、忙しい合間をぬって、私のことを考えてくれてる。



その気持ちが…すごく嬉しいんだ。








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私はマサキさんと、電話でいろんな話をした。



今まで知らなかったマサキさんを、色々教えてもらった。







マサキさんは、今27歳。



私よりちょうど10歳上。





実家は他県だけど、大学進学のためにこの地域に来て、そのままこっちで就職して、今に至る。


お父さんとお母さんとお兄さんがいるけど、最近会ってないみたい。







「寂しくないの?」



最近やっと敬語から脱出できた私は、マサキさんに尋いたことがある。



「親とか兄貴に会えないのはそんなに寂しくないかな。向こうからはよく電話とかかかってくるし。
でも、アヤに会えないのは寂しいよ。毎日会いたいし、毎日話したい」








…そんなこと言われたら…


夏休みだから学校に行く予定なんてないけど、


朝、電車に乗っちゃうよ?


マサキさん。









『好き』の力ってすごいんだから。


好きな人のためには、なんでもできちゃうんだから。






マサキさん、覚悟してね。



私はもう、こんなにマサキさんが大好きだから。








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次の日、私は早起きし、7時32分の電車に乗り込んだ。



私服のせいか、隣の車両のマサキさんは私の存在に気付かないまま。





…なんだか、おもしろい。



大好きな彼氏を、こうして遠くから観察していると、

『こんなに素敵な人が私の彼氏なの?』って…


不思議に思えてきちゃうよ。









私が乗り込んでから、一つ目の駅に着いたところで…



一瞬、マサキさんがこっちを見た。








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