きっとここで君に出会うために




文句のひとつでも言おうかと思ったけど、

ちょうどチャイムが鳴って愛弓が自分の席に戻ってしまったから出来なかった。



教師に入ってきた担任はやっぱりキリッとしていて、

なんだか無性にイラッときた。



きっと今日も話が長いんだろう。


まるで喋ることしか能がないみたいにとにかく喋る。


いまどきの女子高生より喋るのはちょっと異常だ。



ただ必要事項だけを伝えればいいのに、

今日あったことや、ちょっとした笑い話なんかも入れる。


それが人気の秘訣なのかもしれないが、

気に入らない。





早く終われと念力を送りながら(なんの効果もない。ただ睨んでいるだけ)

チラッと横目で時計を気にする。


別に早く行ったってあいつが待ってるわけじゃないのに、

心が早く早くと急かす。



ふと、なんでこんなに急ごうとしているんだろうと、

不思議に思った。



会いたいと心があたしに訴える。


好きだから?


問い掛けてもなんだかしっくりこない。


愛してる?


ありえない。



頭の中で黒い糸が絡まってもやもやする。


どうにもこうにも解けなくて、

仕方ないから頭の隅っこに追いやって、

考えるのをやめた。



そのころには担任の話も終わっていた。





すでに帰る準備を終わらせていたから、

すぐに教室を出る。


一応愛弓にだけは、ばいばいと言っておいた。


愛弓は何か言いたそうだったけど、

気づかないふりをして手だけを振った。



校舎から出ると雲の隙間から光が射しこんでいた。



天使のはしご。



今日はなんだかいいことがある。


なんだかそんな気がした。



頭の中にあったもやもやもいつの間にかなくなっていて、

機嫌がよくなったあたしは小さく歌を口ずさみながら公園への道を歩いていった。






あれから2時間経った。


あいつは全然現れない。


あいつどころか誰一人としてこの公園には来なかった。



静かな昼間の公園は逆に気味が悪かった。


普通なら子供たちの笑い声や走り回る音が聞こえてもおかしくないのに、

今は風が吹く音しか聞こえない。



なんだか寂しくなってきた。


だんだんと暗くなってきて、

いつの間にか天使のはしごも見えなくなっていた。



代わりにうっすらと空が赤く染まっていた。





いつもは綺麗だと思うその景色も今は気持ちが落ち込んでいるからかなんだか冷たい。


心がすうーっと冷えていく気がして、

寂しくて寂しくて仕方ない。



もう帰ろう。



きっと今日は運が悪かったんだ。



ここに来たときとはあきらかに違うテンションで入口に向かう。



明日また来よう。






「わっ」



ちょうど公園から一歩出たところで腕を捕まれ後ろによろめく。


ぐっと背筋が伸びる。


恐怖で体が固まった。



「響ちゃん」


後ろから聞こえた、

今聞きたくて聞きたくてしかたなかった声にバッと後ろを振り向く。



「え?」



見えた大きな胸にちょっと驚いた。


ゆっくりゆっくり顔を上げると会いたかった顔。



「響ちゃん会いたかった」


ニコニコしているのにどこか真面目で、

笑えばいいのか、真面目に返したらいいのか解らなくなる。


「こんなところで何してるの?」



「‥‥‥」



なんだか実際に会ったら恥ずかしくなって言えない。



「ん?」


腰を曲げて覗き込まれる。



「‥‥会いたかったの」


「え?」



「なんか会いたくなって、ここにいたら会えるかと思って」







「うわっ」


急に腕を引っ張られて、

気がついたらあいつの腕に包まれていた。



ドキドキとかキュンとかそんな感じはやっぱりあんまりしなくて、

ただこの腕が、耳元にかかる微かな吐息が、服越しに感じる温もりが愛しいと思った。



愛しい。



その言葉が1番しっくりくるような気がした。


好きでも愛してるでもない。


愛しい。



そばにいたい。

今感じるこの温もりを手放したくないと思った。



そっとあいつの背中に腕を伸ばしたら、

あたしの頭を抱えてさらにぎゅっと抱きしめられる。


顔が近づいたことで感じたせっけんの香りに静かに目を閉じた。






「‥‥響ちゃん」


いつもより少し低くて、掠れた声で呼びかけられる。


「ん?」


返事をしても何も返ってこない。


ただ、響ちゃんと何度も呼ばれるだけだった。




「‥‥会いたかった」


想いが体から、心から溢れて言葉として空気に溶け込んで、

目の前のあいつに伝わるといいな。



「俺も‥‥」



そう伝えられてよかった。

そう言って貰えてよかった。



あいつは腕の力を抜いてあたしの顔を覗き込んできた。






「‥‥好き」


無意識だった。


愛しいとそう思っていたら、

離れたくないと思ったら、自然と音にしていた。



自分で言っておいてすっごく焦ってる。




「うん‥‥俺も」


「え?」



小さくていまいち聞き取れなかった。


だから聞き返したら、もう一度ぎゅっと抱きしめられて、

肩に温もりを感じた。



「俺も好き」



「わぁ」


急に体がふわっとして、

抱き上げられてるんだって気づく。