それから一週間、毎日当たり前のようにあいつの前で歌った。
なんか当たり前だと思うことが心地よくて、
いつの間にかこの時間だけは孤独感を感じなくなっていた。
「明日から暖かくなるまで歌わないから」
一週間目の帰り道、あたしが言ったらあいつは一瞬寂しそうな顔をした。
あぁ、そんな顔しないでほしい。
「じゃあ、たまに会いに行ってもいー?」
「会いに?」
「そー。だって暖かくなるまで会えないなんて寂しいじゃん」
ニカッと笑ってあたしの手を握る力を強めた。
「家知ってるしさー、たまに会いに行ってもいー?」
まるで子犬のような目で見られたら断れないじゃん。
あたしはただ黙って頷いた。
本当はちょっとだけ、ほんのちょっとだけあたしも会いたかった。
久しぶりに寂しいって思った。
そういう気持ちは心の奥に閉じ込めておこうとしてた。
感じないよう、感じないよう、そうやってきた。
そう思っていることが間違いだなんて思わなかったし、
それが苦痛だなんて思ったことはなかった。
それなのに、今は自然と寂しいと思った。
もっと近づきたいって、
自分の気持ちがどんどん溢れてくる。
それは案外怖いことじゃなかったんだ。
自分の気持ちを認めてしまうのが怖くて怖くて仕方なかったはずなのに、
まるでパサパサに乾いた心に水が染み込むように、
心が満たされていくようだった。
今隣を歩くこいつに出会えたことで、
変わることが出来たんだと思う。
「ありがと」
そう思ったらなんだか言葉にしてみたくなって、
小さく小さく呟いた。
「へ?」
一瞬の間があったあとに発したあいつの言葉はなんともマヌケなものだった。
せっかくあたしがお礼言ったのに(急に言いたくなっただけだけど)
なんてマヌケな返事。
「急にどうしたの?」
あたしがお礼を言うのはそんなに不思議なことなのかな。
見上げたあいつの顔はぽかんとしていて、
あまりにもマヌケな顔だった。
「別に、ただ言いたくなっただけ」
その顔を見たら、恥ずかしさを通り越して、ちょっとイライラした。
でも、次に見せた笑顔を見たらなんだか恥ずかしさもイライラも全然吹き飛んて、
嬉しくなったあたしはきっと単純なんだと思う。
「きぃ、なんか悩みでもあるの?」
「へ?」
昼休み、弁当を食べているとき愛弓がいきなりあたしの顔を覗き込んできた。
予想外の問い掛けにあたしは食べようとしたままの口
(ちなみに食べようとしていたのは唐揚げ。冷凍食品だからあんまり美味しくない)
で愛弓のほうに顔を向けた。
「へ、じゃなくて。あんたさっきからため息ばっかり。なんか悩みでもあるんじゃないの?」
そんなにため息ばっかり吐いてたかなぁ。
「別に悩みなんてないよ」
「本当に?」
「うん」
あたしは人に悩みや(今は本当にないんだけど)
自分を弱い所をさらけ出すのが苦手だ。
自分の弱い所を隠したくて殻に閉じこもってしまう。
「ならいいんだけどね」
愛弓は本当に心配そうな顔をしている。
そういう顔を見たいわけじゃないんだけど、
なんだか心に温かいものが溢れてくる。
ふわって体が軽くなって、体中に酸素が行き渡る。
「あたしはどんなきぃでも好きだからね。それだけは忘れないでね」
この人はわかってくれる。
そういう人が一人でもいたら人は頑張れるんじゃないかと思う。
どんな理不尽なことにも、
どんな大きな苦しみにも負けないでいれるんじゃないだろうか。
「ありがとう」
そんなベタでありきたりな言葉しか出てこなかった。
もっと気の利いた言葉を言いたかったのに、
それしか思いつかない。
だから何度も何度も
ありがとう
と呟いた。
ただの「ありがとう」じゃないんだ。
ありふれた感謝じゃないんだ。
そうわかっているはずなのに、この巡る思いを伝える言葉が出てこない。
もどかしい。
心だけが空回りをしている。
だからあたしは何度もありがとうと呟いた。
「うん、ちゃんと伝わってきたから」
そう言って愛弓はニッコリ微笑んでくれた。
だからあたしもニッコリと微笑み返した。
「それにしてもため息なんて、もしかして恋わずらい?」
急にニヤニヤしだす愛弓。
さっきまでのいいかんじの雰囲気は跡形もなくて、
ふふふふなんて不気味に笑ってる。
「恋わずらい?」
なんてあたしとは無縁そうな言葉だろう。
「あんただって健全な女子高生でしょ。好きな人くらいいたっておかしくない」
健全なって。
しかも断言かよ。
「あんた今まで付き合ったってすぐに別れて、しかも傷ついてるかと思えば『別に好きだったわけじゃない』とか言うし」
確かに好きじゃない人と付き合ってたけど
(付き合ってって言われたから付き合っただけなのに、俺のこと好きじゃなかったのかよ。って言われて3ヶ月くらいでわかれてた)