「ごめんね、今日またカレーなの。でも響カレー大好物だから大丈夫よね」
下に降りて行くと直ぐに言ったお母さんの一言に一瞬動きが止まる。
でも、お母さんの嬉しそうな笑顔を見てすぐに席に着く。
カレーが大好物なのはあたしじゃないのに。
言うことなんて出来なくて、ただ黙ってカレーを口に入れる。
「甘い」
辛いと思って口に入れたカレーが思ったより甘くてつい声を漏らしてしまう。
「えっ!?辛口なのに」
慌ててカレールーの箱を見て、気まずそうにこっちを見た。
「ごめん、甘口と間違った」
やっぱりね。
お茶目に舌を出すお母さんを可愛いと思った。
今年で40歳。
そんなのを見せないのはシワなんかがないだけじゃなくて、
そのあどけなさが残る性格にもあるんだと思う。
「これも美味しいから大丈夫だよ」
「よかった。まぁ響は甘いの好きだしね」
「うん余裕、余裕」
実際は甘いカレーなんて大嫌いだけどね。
お母さんのあの顔を前にしたら言えなかった。
言葉はいつも残酷だ。
とくに何気ない言葉は。
簡単に人を傷付ける。
そんな何気ない言葉になんど苦しんだだろう。
なんど涙を流しただろう。
あたしもそんな風に人を傷付けているのだろうか。
お母さんが部屋に入った夜9時。
そおっと階段を降りて裏口から家を出る。
気づいているのかもしれない。
気づかないふりをしてくれているのかもしれない。
ただ、人間だからなんとなく抜き足になってしまう。
外は肌寒くて手がかじかんでしまう。
今日はギター弾けないかな。
アカペラでもいっか。
誰もいない住宅地を夜空の星を眺めながら歩く。
「響ちゃーん」
後ろから聞こえてきた声に振り返るか、一瞬迷ってしまった。
うるさいよ。
これは近所迷惑だよ。
自分の家の近所なわけじゃないのに近所って言うのかな。
なんてマヌケなことも思ったりしたけど、
うん、今はそんなことどうでもいいんだ。
あー、他人のふりしたい。
「きょーちゃーん」
あたしが振り返らなかったせいで(別にあたしのせいではないんだけど)
また大きな声であたしの名前を呼ぶから仕方なく振り返った。
「うわっ、響ちゃん眉間にシワ。伸ばして、伸ばして」
そう言ってニコニコしながらあたしの眉間を指差すこいつがうっとうしい。
誰のせいでこうなってると思ってるんだ。
「今日は一段と寒いねー」
あたしの眉間のシワなんてさほど気にもしないで、
勝手に一人で話始める。
初めて話をしてからまだ三日。
はっきり言ってこいつのことなんて何にも知らないけど(特に知りたいわけじゃない)
ただ、馬鹿でとことんマイペースだってことはわかった。
いい迷惑だ。
こうやって周りの人の心の中を掻き回していくんだろう。
そういう人って苦手だ。
あたしの心を掻き回さないでほしい。
「響ちゃんはハンバーグ好き?」
「普通に好き」
「そっかそっか。俺ねー大好物なんだー」
あんたの大好物なんて聞いてないし。
それにいちいち語尾を伸ばすな。
「ふーん」
「響の好きな食べ物はー?」
あたしがどんなに素っ気ない返事をしても、
隣にいるあいつは全然気にならないらしい。
いちいち気にされても困るんだけどね。
「‥‥ナポリタン」
ナポリタンは好きだ(本番にはナポリタンなんてスパゲティーはないらしい。今はそんなことどうでもいいんだけど)
どこがって聞かれても答えなんてないんだけど、
なんだか好きだ。
「ナポリタンかぁ。美味しいよねー。俺も好きー」
だからいちいち語尾を伸ばすなって。
だんだんイライラしてきた。
そんなことしてるうちにいつもの公園に着いた。
手はかじかんて上手く動かない。
仕方ない、今日はアカペラにしよう。
いつもの場所に腰掛けると、あいつもいつもの(まだ三回だけだけど)あたしの目の前に座った。
もうそこがこいつの定位置だ。
外の空気は冷たくて、
息を吸うだけで肺の中まで冷えそうだ。
今日は一曲だけにして早く帰ろ。
歌ってるときだけ全てを忘れられる。
悲しいことも
苦しいことも
楽しいことも
嬉しいことも
そして、なんともいえないこの孤独感も。
人は一人じゃ生きていけない。
確かにそう。
あたしだって別に一人ぼっちなわけじゃない。
友達がいて、家族がいて、なんかよくわかんないけどこいつもいる。
それでもあたしの孤独感は消えてくれない。
どんなにふざけ合って笑ったり、一緒に泣いたりしても、
いつもどこかで孤独を感じてる。
それが何故なのかはわかんないけど。
解決法もない。
だから歌う。
歌ってる間だけは全てを忘れられるから。