「今すぐは無理だろうけどさ、きっと俺が笑顔にさせるから」
そう言って右手を差し出す。
「?」
なんだその右手は。
「握手」
「‥‥握手?」
「そ。これからよろしくねって言う握手」
すっごいニコニコしてるよ。
ん。ってさらに右手を突き出してくる。
なんでだろう。
なんでかわかんないんだけど、
いつの間にかあたしも右手を差し出してた。
あたしよりもずっと大きな手であたしの手を包み込む。
ぎゅっと強く、でも優しくて涙が出そうになった。
あたしそんなキャラじゃない。
「‥‥寒い」
だから素っ気なく呟いた。
あいつはちょっと慌てる。
「そうだよね。ごめん。じゃあ早くいこっか」
やっぱりニコニコ。
こいつは泣いたりするんだろうか。
ちょっとだけ疑問に思った。
「なんで手離さないの?」
あいつは歩き出してもまだ手を握ったままだった。
「あぁ、だって寒いんでしょ。このほうがあったかいかと思って」
いや、そうなんだけどね。
確かにあたしの右手は今あったかいよ。
でも、普通手は繋がないでしょ。
それともあたしが普通じゃないのかな。
「嫌?」
目尻を下げて聞いてくる。
だからその子犬みたいな目やめてほしい。
「嫌ではないけど」
「だったらいいじゃん。俺もあったかくていいし」
ね?と言って笑う。
よく笑うやつだな。
次の日もあたしはいつもの公園で歌う。
いつもの場所で
いつものように
ただ歌うだけ。
ただいつもと違うのは、こいつがいるってこと。
「やっぱり綺麗だねー」
あたしの目の前に座って、やっぱりニコニコしながら聞いている。
何かと話し掛けてくるんだけど、面倒だから無視。
「ねーねー、誕生日いつー?」
まぁ、正確に言えばさっきからこればっかり聞いてくる。
誕生日なんてどうでもいいだろ。
いい加減うっとうしくなってきた。
「‥‥6月21日」
ちょうど一曲歌い終わったところで小さく答える。
それでこいつが黙るなら誕生日くらい教えてもいっかと思った。
「6月かぁ。まだまだだね」
今は10月。
確かにまだまだ。
でも、もう誕生日を楽しみにするような年でもないし、どうせ祝ってくれる人もいない。
あたしにとってはどうでもいいこと。
「ちなみに俺は2月16日。覚えておいてね」
聞いてないし。
絶対覚えておかないし。
「ねぇ、あたしの歌なんか聞いてて楽しい?」
ちょっと疑問に思ったことを聞いてみる。
「楽しいよー。楽しいっていうかね、心があったかくなる」
「あったかく?」
なんだそれ。
「うん。なんかポカポカすんだよね。ずっと聞いてたいなぁ。って思う」
「ふーん」
何言ってんだ。
馬鹿みたい。
ほんと馬鹿馬鹿しくなってきた。
そこは素直に喜ぶとこなんだろうけど、なんとなくそんな気分になれなかった。
なんだか歌う気にもなれなくてギターをケースにしまった。
「歌わないの?」
一曲しか歌わなかったことが不思議だったんだろうか。
あいつが聞いてきた。
「そう」
えー。ってちょっと不満そうだったけど、無理に歌わせようとはしなかった。
今日はいつもより歌わなかったからまだ時間も早い。
どうしようかな。
家に帰ってもやることないし。
ここは住宅地から少し離れていてこの時間帯は誰も通らないしコンビニもない。
時間を潰すとこがない。
仕方ないからもう少しここにいることにした。
こいつは帰んないのかな。
もう歌わないんだから帰ればいいのに。
なんだか寝転がりたくなってバタンと後ろに倒れる。
今日は三日月だ。
あまりにも細くて今にも消えてしまいそうだ。
なんだか怖い。
まるであたしみたい。
「汚れちゃうよ」
隣からあいつの声がした。
いつの間に隣に来たんだろう。
「いーの」
じゃあ俺も。
そう言ってあいつも隣に寝転がった。
二人して大の字になって寝転がる。
普段のあたしなら絶対こんなことしないのに。
あーあ、絶対こいつの馬鹿が移ったよ。
「今日は三日月だねー」
そんなの見ればわかるから。
「三日月っていいよねー」
「どこが」
つかいちいち語尾を伸ばすなよ。
「だってさ、これからだよ」
「これから?」
こいつの言ってる意味が解らない。
「三日月はこれからだんだんおっきくなってくんだよ。いいじゃん」
「満月も確かに綺麗だけどさ、満月はもう欠けるだけじゃん」
だから三日月のほうが好き。
こっちを向いてニッて笑う。
何かを自慢したあとの子どもみたいだ。
なんかこいつに言われるとムッてなる。