きっとここで君に出会うために




あたしの為に夜ご飯を早めに作ってくれて、

まだ時間があるから二人でコーヒーを飲んでいた。



それを見て苦笑いしてしまった。


あの砂糖はいれすぎだったな。


今考えても気持ち悪い。



ぐいっと一気にブラックコーヒーを飲み干して、

その感覚を無理矢理消した。



今はちょうど6時。


まだ30分も時間があるのに、

もう準備はバッチリだ。



そんな自分にも苦笑いをする。


あたし楽しみなんだ。







なんだかお腹もいっぱいで、

リビングも暖かくて、眠くなってきた。



夢と現実の間をゆらゆらとしていたときに、

遠くにチャイムの音が聞こえた。


その音でいっきに現実に戻される。



お母さんが出てあらーなんて言ってるのが玄関の方から聞こえた。


そのあとにこんばんはーなんて言う気の抜けた声が聞こえて、

あいつが来たことがわかった。



椅子にかけてあった上着を持って玄関に向かった。


寒いのは嫌い。


耳あてまで持って防寒対策は万全だ。






玄関でお母さんと笑いながら話をしてた。



いつの間に仲良くなったんだろう。


まぁ、社交的な奴だからね。


そんなところはうらやましいと思うし、

尊敬も出来る。



「響ちゃんっ」


あたしが来たことに気づくと、

ちっちゃく手を挙げて目がなくなってしまうくらい目を細めて笑った。



「いってらっしゃい」


隣からそんなお母さんの声がして、

そうやって言われたことが嬉しくて笑った。


きっと今あたしの顔は緩みきっていると思う。






外に出て目に入ったのは一台の自転車。


「ちょっと遠いからねー。後ろ乗って?」



そう言って荷台のところをぽんぽんって叩く。



だから厚着か。


納得すると荷台をまたぐ。



重いとか思われるのは嫌だな。


今さらながら夜ご飯少なめにすればよかったなんて後悔した。



「よーし」


そう言うとあたしの両腕をつかんで自分の腰に回した。



「しっかり捕まっててね。20分くらいだから」


そう言うとゆっくり走り出した。






「‥‥寒い」


前にいるあいつに聞こえないように小さく呟く。


頬に当たる風は思ったよりもずっと冷たくて、身を縮める。


いくら厚着をしても直接風が当たるところはやっぱり寒かった。



もっとくっつきたくて腕に力を入れて背中に頬を寄せると、

背中から温もりを感じて暖かくて少しだけほっとした。



どんどん住宅地から遠ざかっていって、周りが暗くなる。


街灯も少なくなってきた気がした。



「どこに行くの?」


そう聞いても


「いーとこ」


としか答えてくれなかった。



答えてくれないとわかったら少しの間目を閉じて温もりを感じていた。





なだらかな上り坂がずっと続いているのが目を閉じていてもわかる。


山でも登っているんだろうか。


「着いたよ」


しばらくするとあいつの声が聞こえて、

ゆっくりと目を開ける。



そこは少し開けたところで、

周りは真っ暗だった。



「いこっか」


そう言ってあたしの手を握ってくれた。


足元さえもよく見えなくて、

手を握ってもらったことで安心した。



こっちこっちなんて言いながら手を引くあいつの顔はよく見えなかったけど、

きっとすっごくニコニコしてるんだろうな。



あいつが立ち止まったからあたしもその隣に並ぶ。






そこに行っても何か特別なものは何もない。


あいつを見て微かに首を傾げると、

ん、と上を指差した。



あいつの指の先を見つめて、

一瞬息が止まった気がした。



あたしの目に映ったのは、

夜空に広がった一面の星。


住宅地ではありえないくらいに強く明るく光っていた。



「ここは街灯もなにもないから、よく見えるんだ」


何も言葉を発しなかった(正確には言葉が出てこなかった)

あたしの手をぎゅっと握ってそう言った。



「響ちゃんと一緒に来たかったんだ」





「うん。ありがとう」


満天の星空から目を離さずにそう呟く。



それからは何も言葉は出なかった。



「綺麗」とか「素敵」とか表現する言葉はたくさんあったのかもしれない。


だけど、それを言葉とはしたくなかった。


それでもとなりにいるこの人はわかってくれてるんじゃないかと思った。



それならそれでいいや。



「連れてきてくれてありがとう」


そう言うとニッコリ笑ってくれた。



「俺が来たかっただけだから。俺が響ちゃんと一緒に見たかっただけ」





「そっか」


きっとこの人は優しい人なんだと思う。


さりげない優しさ。


押し付けがましくなくて、

ふっと心に染みるような優しさ。


それをこの人は持ってるんだと思う。



隣でニコニコしながら星空を見上げているこの人を見てそう思った。




しばらく静かに星空を眺めていたけれど、

さすがに寒くなってきた。


そんななかで繋がれた左手だけが温かかった。




「ねぇ響ちゃん」


寒いとそう言おうと口を開いたときに、

ちょうどあいつが話しかけてきた。