きっとここで君に出会うために





「よーし」


「わぁっ」



しゃがんだ状態から一気にあたしを抱き上げる。


「うおっ」



かなりきつそうで、ちょっと顔を歪めている。


「重いんなら無理しなきゃいいのに」


「いいのー」



まだきつそうな顔をしていたけど、その体制に慣れたのかニコニコしている。



「‥‥ありがとね」


うん、なんか改まって言うと恥ずかしいね。



「うん」


でも、こいつが笑って頷いてくれたらそれでいっかって思う。






「うあっ」


「わっ」



急にあいつの腕の力が抜けて、

あたしの体があいつの体にもろにぶつかった。


その拍子であいつが尻餅をつく。



「うおっ、いった」


あたしが上に乗っているからかなり痛かったんだと思う。


「わー、ごめん、大丈夫?」



「大丈夫ー、俺頑丈なのだけが取り柄だから」



「馬鹿だから頑丈なんだろうね」



「えー、響ちゃんひどい」



あははって声を上げて笑った。


なんか元気出た。


お母さんと向き合える気がした。






「うっし、帰るかー」


勢いよく起き上がってあたしの手を握る。


そのままあたしを強く引っ張って、

あたしがあいつの上に覆いかぶさる形になる。



「その前にーぎゅー」


あたしの頭を抱えて、

あたしの頭に頬を寄せた。



「よし、響ちゃんはきっと頑張れるよ」



「うん」



「おっし、お母さんとこ行くかー」



あたしの手を引いて歩き出す。



それについていく足どりはなんとなく軽くなった気がした。






家の明かりが着いていなくて、もしかしたらもう寝てしまったのかもしれない。


ちょっとだけそうであってほしいなんて思ってるあたしは、

きっと往生際が悪い。



家は真っ暗でリビングからもキッチンからも物音ひとつしない。



もしかしたら部屋にいるだけで起きているかもしれない。


そう思って2階に上がった。



なんだか手が震えているのがわかって、

あいつもそれを感じたのか強く握ってくれた。



2階に上がってみてもお母さんの部屋は電気が着いてなくて、

やっぱり寝てしまったのかもしれない。




諦めてまた下に行こうとしたら、

別の部屋の電気が着いていることに気づいた。







それはずっと鍵がかかっていた部屋。



お姉ちゃんが使っていた部屋。


あの部屋に電気が着いたのはお姉ちゃんが死んでから一回もない。


これからも絶対にないと思っていた。



お母さんが入ったってことだろうか。



そっと扉に近づいて静かに開ける。



「‥‥お母さん」


やっぱりその部屋にいたのはお母さんで、

ただ何をするでもなく窓の外を眺めていた。



「お母さん」


もう一度さっきより少し大きな声で呼びかける。



静かに振り向いたお母さんは、

思っていたより穏やかな目をしていた。





「響」


そっとあたしの名前を呟いて近寄ってくる。



「ごめんね」


あたしの頬に触れて、あたしの目を見てくれる。



「お母さん、駄目な母親だったね」


近くで見るとちょっと目が赤い。


泣いたんだろうか。



「お母さん、本当は少し気づいてたの。でも認めたくなくて、そのせいで響のこと傷つけちゃって‥‥」


最後のほうは嗚咽で上手く聞こえなかった。


ただ、お母さんがちゃんと思い出してくれたんだってことだけはわかった。


ごめんねって何度も繰り返してあたしを抱きしめてくれた。


ずっとしてほしかったこと。


その温もりを今感じることが出来た。






首だけで後ろを振り返るとあいつが優しく笑ってくれていた。


だからあたしも笑い返した。



「お母さん、あたしねお母さんもお姉ちゃんも大好きだったんだ」


「今もね、大好きだよ」




そこまで言うと、お母さんの顔を上げさせる。


「だからね、笑って?あたしお母さんの笑顔、大好きだよ」



そうしたら、うんうんって言って、

真っ赤な目をした顔をおもいっきり崩して笑ってくれた。




「ありがとう」


お母さんがそう言ってくれただけであたしは十分だった。






「響ちゃん偉かったね」


あのあとお母さんは部屋に入って、

あたしたちはリビングでコーヒー(あいつはミルク二杯に角砂糖四つ。見てるだけでも気持ち悪くなりそうだ)

を飲んでる。



「そんなことないよ」


なんて言うのはちょっとした照れ隠し。


あたしって照れ屋だったっけ。



「いや、偉い偉い」


そう言って頭をぽんぽんって撫でてくれる。


なんだか子供に戻った気分。


でも悪い気はしない。




「よし帰るか」


あの吐き気がするようなコーヒーを飲み干すと、

立ち上がって玄関に向かった。



時計を見たらもう11時を過ぎていた。


歌っていた頃に比べればまだ早い時間だけど、

なんだか申し訳ない気持ちになる。







「俺がしたくてしただけだからね」


靴を履いて、玄関の扉に手をかけたときふいに言った。


「え?」


「今日のことは俺がしたくてしただけだからね」


「うん?」


言ってる意味がわかんない。


「だから悪かったなとか思わなくていいんだからね」


あぁ、なんでわかったんだろう。



「俺、響ちゃんのことならなんでもわかるんだからね」


「そっか、ありがと」



よしって呟いて玄関の扉をあけた。


開けた扉から冷たい風が吹いてきて、

あぁもうすぐ冬が来るんだなって思った。



きっとここで君に出会うために

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