「まあまあ。日が落ちればわかります。辛抱してくださいませ。」
ニヤリと笑った婆の口元に、森川は昨日の女を思い浮かべた。何か背筋に寒いものが走った。
「弥兵衛は、言葉巧みに私を誘惑しました。断ることなど出来ません。生まれて初めて見た美しい簪。一度もつけることなく終わったかもしれない紅。
山の中では美鬼にしかみえない弥兵衛。
弥兵衛は、私を都に連れて行きたいと申しました。
そして、とうとう…」
西日が差してこなくなったせいだろうか。語り続ける婆の白髪に黒髪が混じってみえる。
しわだらけの手も、なめらかになってきた。
森川は、日が落ちたら何か空恐ろしいものを見そうで怖くなってきていた。
青い顔になっている森川などに関心も見せず、婆は話を続けた。
「弥兵衛と私は、主人を殺したのです。実にあっけなく事は終わりました。与吉は、大して抗いもしませんでした。
でも、その後、恐ろしい事が起きました。

日は完全に沈んだ。
夜になったのだ。
森川は、震えを止めることができない。
「よりにもよって、私達は仏様の前で主人を殺したのです。」
目の前には、昨日の女がいた。
「あなたと楽しんだ仏間です。」