「嘘をついたのは、夜にならないと信じてくださらないと思ったからです。」
婆は重ねて言った。
「長い話になりますが日が落ちれば分かることです。辛抱して聞いてくださいませ。」
気持ちが決まったのか、話はじめた老婆の声はハリが出てきた。
「昔の話になりますが、この家には夫婦で住んでおりました。私の名は志乃。夫は与吉と申しまして、山仕事を黙々とこなす真面目な男でございました。
私は、もともとは麓の村の娘だったのですが、畑も山も質素な生活には変わりありません。特に苦労とも思わずに暮らしておりました。」
森川は、西日が老婆の白髪を照らしているのを眺めながら、ぼんやりと聞いていた。
年寄りの話は長いからなぁ、とも思ったが自分が話せと言った手前、我慢した。
「ある日、旅の途中の商人が私達の家に寄りました。
名を弥兵衛と申しまして、都から江戸を渡り歩く小間物売り。遊女から大店まで女相手の商売上手で役者のような身のこなし。田舎から出たことのない私は、あっという間に弥兵衛に惹かれてしまいました。」
「おいおい、婆さん。さっきから聞いてりゃ話が古すぎねぇか?俺の死んだ爺さんですら大正生まれだぜ。江戸時代って…」