小綺麗な、洒落たマンションには似合わないくらい、簡素で、くすんだ色をした小さな扉だった。少しだけ胸の鼓動を速めながら銀色のドアノブに手をかけると、ガチャン、という想像していたよりも少しだけ大きな音が、薄暗い空間に反響した。私はびくっと身体を震わせ、手の内にかいた汗と、心の躍動を感じ取った。
 扉を抜けると、ただだだっ広いだけの、無機質な空間が姿を現した。打ちっぱなしのコンクリートの床。申し訳程度に回りを囲む、落下防止の手摺り。その寂しすぎる程に殺風景な光景に、私は好感を覚えた。それは、親近感にも似た感情だったのかもしれない。














 ……あの日から、どれくらいの時間が経ったのだろう

 すたすたと、コンクリートの床を勝手知ったる足踏みで進んでゆく。一番端まで到着すると、高さ僅か1メートル程しかない、外観通りに丸く緩やかに円を描いた手摺りに手をついた。地上24階からの展望を遮るものは何もなく、遙か遠く、うっすらと、空の色と混じり合った山の陰影が浮かび上がっていた。
 私は視線を下に落とす。
 腰の辺りから足の先に掛けて、冷たいものが走り抜けていく。途端に現実に引き戻されるかのようだった。何かの模型かのように見える町並み。私が今通ってきた民家も、工場も、なまこも、意味のない点に置き換わる。
 空の高みには程遠く 地上の営みからも 手を離す――



 この場所に、私は死にに来た