「あぁ。 『那奈と何かあったんだろ』だとさ。 よっぽどシバこうかと思ったぜ」
「ぷ」
あぁ。
あたし、何で晋也さんを避けてたんだっけ。
なんだか…分かんなくなっちゃったかも。
「お前なぁ。 笑い事じゃねーぞ? 一応自然の中なんだから何があってもおかしくねぇ」
「『何があっても』、……ねぇ」
「おー。 自然ってスゲーぞ。 人の気持ちを変えてくれたりもする」
「あたしが晋也さんの家から出てくって言っても? 驚かない?」
「いや、ソレとコレとはまた違う次元の話だな」
何気無く胸ポケットからタバコを取り出して、カチカチとライターの蓋を鳴らす。
全く、動揺1つ見せやしない。
「答えになってないよ。 あたし、驚かない?って聞いたの」
「驚くも驚かないも、お前がウチ出てったらどこ行くんだよ?」
「別にどこにでも行けるよ、友達ん家にお世話にもなれるし。 施設でもいいし」
「バカか、お前。 仮にお前が出ていったって、1ヶ月もしたら帰ってくるよ」
「何でそんな事言い切れんのよっ。 あたしの事なんて、分かんないじゃない」
「分かる」
「何でっ?」
あたしがそう言ったところで、晋也さんはあたしの後頭部に手を当てて
あたしをぐっと自分の方に引き寄せた。
「お前が俺を好きだから」
……なっ…
「な…に言ってんの! ナルシストじゃないんだから!」
ガバッと晋也さんから離れたあたしの顔は、絶対真っ赤になってるはず。
熱が引かないのが、自分でも分かる。
それとは逆に、晋也さんの顔はニンマリ。
「照れんなよ~。 色々シちゃった仲だろ~?」
「ばか! 何にもしてないでしょ!」
何か…
今日の晋也さん……
ちょっと変…
でも。
「決めた! あたし、友達ん家でお世話になることにした!」
さっきちょっとムカついたから、晋也さんに思い知らせてやる!
あたしは、晋也さんがいなくても大丈夫だってコト。
――――――
――――――――
「お前、どうした? 正気か?」
「だーかーらー! さっきからそうだって言ってるでしょ!」
「でも友達って言っても…女友達とかではないんですかね…?」
「何で敬語なのよっ。 気持ち悪い! あんたの家が広いと思ったから!」
「アナタ様にお貸しできる部屋は…生憎、ありませんのですが」
「日本語おかしいってば。 それに弘明のママに、いいって言われたんだから!」
目の前で弘明が、大袈裟に手をパァンと額に当てた。
『あちゃ~』とでも言いたげな顔をする。
「ってコトで! これから新しい住民として、よろしくね!」
弘明は「なんでそうなるかなぁ~」とかまだブツブツ言っている。
「たぶんココ使えって事じゃねぇ?」
と言って、弘明がガチャとドアを開けたのは、十畳ぐらいの畳の部屋。
「えっ? 広くない? いいのっ?」
「あぁ。 俺とお前の仲だし、お前、なんか哀れだから。 仕方なくだけどな」
「哀れじゃないっ! 自立するためなんだってば!」
あたしは、自分よりも10㌢も背の高い弘明をキッと睨む。
「俺のとこに来てる時点で自立じゃねーじゃん。 やっぱ晋也さんとケンカしたろ?」
「そういうんじゃないけど……。 ちょっと、外の世界が気になっただけ」
「ふーん。 あそ」
保険に入っていないお母さんが入院してから、家を売って入院費に当てたこと
それから晋也さんの家に一緒に住んでいること
それを知っていて、色々と相談にも乗ってくれると思ったのは、弘明だけだった。
弘明のお母さんとあたしのお母さんは仲が良かったし
お互いの家庭についてとかも色々話してたから、問題はない。
弘明のお母さんはあたしに優しいし。
あたしはふい、と窓の外に目をやった。
「眺め、キレイだね。 あたしの家からは、歪んだ景色しか見えなかった」
言った瞬間、自分の言ったことにびっくりした。
景色なんて、そんなゆっくり見たことなかった。
見ようとも思わなかった。
きっとお母さんが入院してから、気持ち的に辛かった時に見た景色が
今も心に残っているからなんだろう。
そんな時に、晋也さんが一緒に住もうって言ってくれたから。
「俺もこの部屋の景色、好きなんだよ。 毎朝この部屋に来てたのに、お前が住むんじゃこれなくなるな」
え……そうなの…?
なんか意外かも。
景色とか見るんだ、コイツ。
弘明って実は、ロマンチストなのかも。
そんな事を思っていたら、思わず吹き出してしまった。
「なっ…なに笑ってんだよ!」
「ううんー。 何でもないー」
「何でもなくねーよ。 今お前心の中で俺の事けなしたろ」
「そんなんじゃないー。 ただ、別にいいのに、って。 そう思っただけ」
「あ?」
「好きなんでしょ? この部屋の景色。 じゃあ見に来てよ。 あたしも、一緒に見たい」
後半は、ゴニョゴニョ言ってて分からなかったかもしれない。
言いながら、何こんなこと言ってるんだろって照れて、下を向いてたし。
「弘明ーっ! そういえば今日、那奈ちゃん来るって言ってたぁ」
あたしが下を向いたままでいると、一階から弘明のお母さんの声が聞こえてきた。
弘明は黙って部屋を出ると、バタバタと階段を降りていった。
あたしも静かにそれにならう。
だんだんと、弘明とお母さんの会話が聞こえてくる。
「那奈、もう来てる」
「えっ! ちょっと弘明、お茶くらい出してよー」
「や、アイツ今来たばっかだから」
「今ね、那奈ちゃんのお母さんの病院行ってきたんだ。 久しぶりに、お見舞い」
そこで、あたしの足が止まった。
もしかしたら、あたしは聞いちゃいけない話なのかもしれない。
「あぁ。 だから花束買ってたのか」
「うん。 そんな小まめに行ける訳じゃないから。 行ける時ぐらい素敵な花束持って行きたいと思って」
カチャカチャと音がする。
きっとお茶入れてくれてるんだ。
「何だって?」
「え? 何が?」
「那奈の親と何か話したんだろ? それなりに。 高校時代の同級だったら」
あははっと可愛らしいお母さんの笑い声が聞こえてきた。
「何だ。 弘明にバレるとはね。 うんー。 まぁそれなりに、って感じかな」
「どーゆーことだよ?」
「これは、弘明にも言わないよ。 那奈ちゃんにも言わないでって言われたんだ」
え…
あたしにも……
「時が来たら、2人にも話すよ」