謝りにきたらしい。人違いだったらしい。うん、それはもう、しょうがないよな。人違いって誰にでもあるし。俺だってある。
しかもこんなに必死に謝罪している。許さない方が鬼だ。たとえビンタが、女の子とは思えない程の威力だったとしても、だ。

「いいよ、気にしないで。それより・・・」

そうだ。問題は別にある。
さっきまでの”君はここに引っ越してきたの?”というような疑問はどこかに飛んだ。それよりも、もっと大きな疑問。

「玄関を、開けたのは君・・・?」
「はい!」

即答。

「な、なんで」

「ピンポンしようとしたんですけど、勇気なくて、」

「勇気・・・?ピンポンするのに勇気いるのかな・・・?」

「いります!」


いるらしい。



「だって土田さん、お仕事してるんですよね?」

「えっ、あ、まあ・・・」

「大家さんから聞きました。お仕事中悪いなあとかいろいろ考えてて、ピンポンできなかったんです」

「で、鍵が開いてたから・・・」

「はい、今日、風強いから、もしかしたら気づいてもらえるんじゃないかと思って・・。勝手に、すみませんでした。・・・えっと、お邪魔してすみません、お仕事頑張ってください!」

「あ、ありがとうございます…」

「では!」

彼女は元気よく言うと、お向かいの部屋に入ろうとした。

「え、ちょっとまって、」

「なんですか?」

「君んちって・・・」

「あっ!言うの忘れてました!私、ここに越してきた雨野です、雨野千尋ですっよろしくお願いしますー」

ぺこっと頭を下げて、彼女は部屋に入っていった。



まるで、嵐が通りすぎたようだ。
一気に嵐がきて、一気に静かになった。

雨野千尋。
変な奴が、引っ越してきた。