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その頃、優真は朝稽古に精を出していた。


道場に他の者の姿はない。


一定のリズムで振り下ろされる竹刀の空気を裂く音、額に浮き上がる汗、水分を吸収し重みを増した稽古着。

そのどれもが優真の熱を、時を、物語っていた。





「っ、うぇ!」


突然、ドタンッと何かが倒れた音がした。


今まで道場内のピンッと張り詰めていた空気が突然聞こえた奇声と大きな音によって、ふわっと柔らかなものとなる。


「…佐々木さん、大丈夫ですか?」

「ははっ、大丈夫、です」

「…そうですか」


道場へと入ってきた人物、──佐々木愛次郎は苦笑する。

先程転けたせいで、佐々木の額には一目見て分かる程の赤いたんこぶが出来上がっていた。


(あぁ…、痛そうなたんこぶ。でも、何もない処で転けるなんて……ドジだ)


優真の中で佐々木愛次郎はドジというレッテルを貼られた。


何とも微妙である。


手拭いで汗を拭きながら佐々木のたんこぶを観察する。そんな優真に佐々木は気付き、みるみる内にたんこぶと同じくらいに顔が赤くなった。


「せ、先生はっ!朝早くから、稽古をしていらっしゃるのですね」

「…まぁ、目が覚めるから」

「凄いですね…僕は朝弱くて…、今日もたまたま早く起きたからこうして来た訳で」