「水月。早く入っておいで、身体冷えるぞ。
まったく香苗は…もう上じゃ春かもしれんが、ここらは雪も降るんだぞ。水月の服装くらい考えてやれんのか。」

僕は部屋に入りながら母さんの顔をちらっと盗み見る。
叱ってくれるおじいちゃんには嬉しいけどあんまり言って機嫌を損ねられたらたまったものじゃない。皺寄せは立場上一番下だろう、僕にくるんだ。


「…そうね。ここはまだ冬だものね…三月で雪って、都会じゃ考えらんないわよね、水月。」

「え、う うん。雪なんて見ないからね。」

僕の予想に反して母さんは穏やかな笑顔だった。故郷を懐かしむ想いがみてとれたのと、いつもみたいにストレスでもぶつけてくるかと思って身構えてた僕は見事な肩透かしをくらい、呆気にとられた。

「そうか。なら明日の朝にはその雪が積もってるかもしれんな。」

「そうねえ。今日は寒いですものねえ。積もるかもしれませんね。」

「やだ、車カバーしなきゃ。窓凍るじゃない。」


寒いけど僕達を取り囲む空気が温かい。母さんも安心した表情で、あの家にいたころとは雰囲気が柔らかくなっていた。

来てよかったかな。

僕の杞憂だったみたいだ。
安心からか、僕はここにきて初めての笑顔を浮かべた。

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