重いドアを開けて、久し振りに足を踏み入れたその場所は、相変わらず埃臭かった。

窓ガラスを通り越し、部屋の中に零れ落ちる陽の光が、舞う埃をきらきらと輝かせる。
顔の前に持ってきた手でそれを払い、私はまた一歩、足を進めた。

水を打ったような静けさが漂う空間をぐるりと見渡し、トキを探した。と言っても、だいたいの目星はついていたけれど。

足は真っ直ぐに、部屋にどっかりと足を乗せるグランドピアノへと向けられる。
なめらかに光る曲線のまぶしさに目を細めて近づけば、ピアノの上、曲げられた長い足が見えた。


ふ、と口もとが緩むのを感じながら、回り込んで――彼の顔を、捉えた。


黒髪は下へ流れ、伏せられた長い睫毛と白いシャツが陽の光に照らされていて、まぶしかった。

ピアノにひじをついて、はじめて見るトキの寝顔を、そのままぼんやりと眺めた。

すうすうと穏やかな寝息が耳に届いて、微かに胸がくすぐったくなる。
いつもより随分幼く見えるそんな姿を、

…かわいい。

なんて、一瞬でも思ってしまった。

何故だか頭がぼうっとして、気付けば引き寄せられるように手が動いて、ぎこちない動きで掌が頬に触れた。

上に、下に。

ゆっくりと、すべるように撫でて――…はたと動きを止める。



――何、してるんだ。私。


途端に、顔が熱くなる。

誰もいないからって、寝ているからって、一体、何を。

自分自身をしかりつけ、はやくなる鼓動を抑えながら、頬に触れている手を引こうとした。


……のに。


私の手ではない、骨ばった掌が伸びてきて、触れていたほうの手をきゅっと包んだ。


――それは、間違いなく、寝ているはずのトキの手だった。