「なあ、良いだろ?」

「マキ、わたしに何かあったらどうするの? お義母さんは大切だけど今は子供の事を考えてよ」

「もう安定期だって言ってたじゃん」

「喘息には安定期なんてないもの」

「じゃあ大丈夫だって。空気の綺麗な山奥だし、かえって喘息にはいいんじゃない?」

 秋に兄貴の家族も含めて俺の両親と旅行に行く計画が早くから持ち上がっていて、妊娠を理由に断る俺に、母親はかなりの難色を示していた。亜紀にも何度か直接電話をしては困らせていたのだ。

 俺だって本当は行かせたくなかった。ただ、これ以上こじれると、後々亜紀と母親の関係が修復出来なくなりそうで怖かった。

「……わかった。行く」

 口論になるのを避けるように亜紀は伏し目がちに返事をした。

 しかし旅先で俺は激しく後悔していた。山道を猛スピードで駆け下りる車の助手席には発作を起こして血の気を失った亜紀がいる。

「亜紀、頑張れ! もう少し頑張れ!」

 前を走る車をまた交わすと対向車が激しくクラクションを鳴らした。

 山道を登っている時、前方を走る古いトラックが煙幕のように黒い排気ガスをまき散らしていた。それが引き金となって猛烈な発作を起こしたのだ。

(頼む……神様!)

 一心に祈りながら俺は麓の救急病院に駆け込んだ。