そう言うとその男はずいと身を近付けた。続いて熱い衝撃が頬に走り、目の前に火花が散った。男はいきなり拳を振るっていた。

 不意をつかれた俺は冷たい床に這いつくばり、すぐには状況を把握出来ない。

 そんな俺を見おろすようにして男は言った。

「俺は小さい頃から亜紀を実の子供みたいに可愛がってきた。お前みたいな人間のグズがよくまた顔を出せたな! お前は結婚式で『亜紀を幸せにする』って誓ったよな? それがなんだ? 亜紀をボロボロにして捨てやがってよ!」

 反論? 出来る訳がない。なぜならばこの男の言うことは真実だからだ。

 立ち上がろとする俺のわき腹に蹴りが入れられた。苦悶の声が洩れ、再び床に転がる。

「もう良いっしょ」

 あさきちに掴まれて男は動きを止めた。

「過去がどうだったか知らないけどね、この男は全身全霊で亜紀さんを愛しているのよ。それだけは分かってよ」