福岡方面にさしたる被害が無かったので気にも留めなかったが、あの波は南に向かって牙を剥いていたのだ。

(そんな……じゃあ、亜紀は……)

 猛烈な失望感が体中の力を奪い去ったかのようだ。俺は泥のなかにへたりこんだ。

 上空を何機ものヘリがサーチライトを浴びせながら飛んでいた。自衛隊だけではない、レスキュー隊のヘリも多数見受けられる。わずかに残った人間の救助をしているのだろう。

(その中に亜紀は居るのか?)

 ここまで来てほぼ絶望的な状況が目の前に広がっていた。

 しかし虚しくヘリの爆音を聞いていた俺の襟が強く引っ張りあげられて意識を引き戻される。吊り下げられるような体制で立ち上がった俺にあさきちが言った。

「まだ最期じゃないっしょ!」

 泥にまみれたシールドの奥に鋭い目が光っている。あきらめる事を知らない目だ。

(お前の事じゃねえだろうに)

 そう思う俺を置き去りにするようにあさきちはエンジンに火を入れている。

(だが、お前の言うとおりだ)

 口の中に入った泥を吐き出すと、赤いバイクを引き起こした。続いてキックを入れると元気な排気音がこだまする。

 ぬめる路面に左右に振られるバイクを御しながら、サーチライトをくぐり抜けるようにして亜紀の住む町を目指した。



 あと七時間――