何を言われたのか、分からなかった。

 父が他界? もう献体されている?

 ──会えない?


(嘘だ、そんな! 私がどんな思いでここまで来たか)


 悔しくて苦しくて、私は顔を覆った。近くの長椅子に崩れるように座り込む。


 母が亡くなって以来流す事のなかった涙が、つぅっと頬を伝った。

 十五年会う事がなくても、頭の中にはいつも父の事があった。会わないでいても、父は父だった。


(お父さん…!)


 もっと早くに来ていれば、会う事が出来た。

 今まで来れなかった事を謝る事が出来た。新しく親子関係を築く事が出来た、それなのに。

 もう、謝る事も会う事も出来ない。


「あぁ…っ」


 母が亡くなった時ですら、ここまでの思いはしなかった。

 母の死に目には会う事が出来たから、最期の言葉を聞く事が出来たから、苦しみは今より薄かった。


「お父さん…お父さん…!」


 いくら呼んでも、会えはしない。分かっている。分かっていても、呼ばずにはいられなかった。


「小川さん」


 ハッとして顔を上げる。

 看護師が無言で、明細保証書を差し出した。私は震える手でそれを受け取る。

 そしてそれを胸に抱えた。この紙と同等になってしまった父が今、私の腕の中に在る。

 何と寂しく切ないものなのだろう。


「小川さん。お父さん、知っておられましたよ。貴女がお医者になられた事」

「え?」

「貴女がお医者になられた時、奥様が一度だけお手紙を送って下さいました。包帯に巻かれたお父さんは読む事が出来なかったので、私が代読しました」

「母が手紙を…」