ごくりと唾を飲む。

 見るからに立てつけの悪そうな扉に手をかける手が、自覚出来るほどに震えていた。

 一旦手を引っ込め、胸の辺りで震える右手を左手で押さえる。

 恐怖心は次第に大きくなってゆく。きゅっと目を閉じ、落ち着いてから再び扉に手をかけた。


(大丈夫、大丈夫……)


 自らに言い聞かせ、覚悟を決めて一思いに扉を開けた。扉は開けたものの、目は閉じてしまっていた。

 そろりそろりと目を開けると、小汚ないベッドがあった。


(え…。何で…?)


 そこにはベッドがあるだけで、父の姿はない。

 予想外の展開に私はうろたえた。


(どうして? 何でいないの?!)


 考えても考えても、その疑問の答えは見つからない。


「あのぅ」

「ぅわあぁっ!」


 いきなり聞こえた声に驚き、尻餅をついた。

 背後に立っていたその人物は白の上下にマスクをした、生気の感じられないほど顔面蒼白な男性だった。

どうやら、ここの看護師らしい。その事が分かると、私は安心して立ち上がった。


「済みません、驚かせて」

「い、いえ、こちらこそ…」

「小川さんのご家族の方ですか?」

「え、ええ、娘です」

「ああ、良かった。ご自宅に連絡を差し上げても不通なのでどうしようかと」

「母は二年前に他界しまして、私は医者なので家には滅多に」

「そうでしたか…。奥様は二年前に…」

「あの、父は…?」

「一昨日の明け方、お亡くなりになられました。心中、お察しします」

「……、え?」

「ここの患者は亡くなったら献体するという規定があります。──申し上げている事が分かりますか」

「つまり、父はもう他界して、既に献体に?」

「はい。ただいま明細保証書をお持ち致します。暫しお待ちを」