その日の夜は
何度も何度も自己訓練を繰り返した
痣ができても
血が出ても
不思議と痛みは感じなかった
むしろ自分の生をいつもより近くに感じて
安心していたのかもしれない
誰かを信じるということ
頼るということ
そんなものはいらない
必要ない
だから私はこれからも
―――――――誰も信じない
次の日
傷だらけの私の身体を見て、湊は少し驚いた顔をしたけれど
それ以上は何も言ってこなかった
彼の呼吸を感じ
鼓動を感じ
行動を読む
数日前の私は何を戸惑っていたのだろうか
慣れてしまうと
それは驚くほど容易なものだった
的に向かって
ナイフを突き刺す
ひと思いに
相手を闇に葬るように
迷いは許されない
一瞬の迷いが
自分の命取りになるから
同情心などもう失ってしまった
恐怖心も
喪失感も
もうとうに忘れてしまった感情
7歳の夏
初めて私にミッションが与えられた
“東国(トウコク)上層部2名を暗殺すること”
〈暗殺〉
今までぼんやりとイメージの中でしか実践できなかったものが
今現実になろうとしている
何度も何度も訓練したはずなのに
なぜか恐怖心だけが募って
全身の震えが止まらなかった
二人を目の前にして
思ったことは一つ
“何て哀れな人たちだろう”
普段はあんなに堂々と権力を振りまいて
民を人として扱いもしないのに
今はこんなにも必死に命乞いをしている
たかだか私のような子供相手に
哀れでみっともない人間の最期だった
ナイフが肉を裂き
骨をえぐった瞬間
相手の呼吸が止まるのを間近に感じた
こんなにも人は簡単に死ぬのだと
この時初めて
知ったんだ
目の前の倒れた二人を見て
私の瞳から流れ落ちた一筋の涙
もう帰れない
昔の私には
帰ることはできない
二人の命を奪ったことよりも
自分の手が
精神が
穢れ朽ちていくことの方が
恐ろしく
悲しかった
赤い血がこびりついた手は
何度洗っても
こすってもとれなくて
それはまるで二度と忘れることのできない記憶のように
いつまでも私を縛り付ける
それからのミッションは
一度の失敗も犯さず
完璧にやり遂げた
自分はここに存在しないかのように
空気と共に相手を消す
それが私の唯一の存在価値だから
“いつまでも自分らしくいたい”
そう願い続けていた幼い自分を
心の底から
笑ってやりたい
指令が出るたびに
私と湊は完璧にミッションをこなした
指紋一つ残さず
美しく一瞬でやり遂げること
それが私たちに求められていることだから
相手がどんな立場にあっても
例え標的が躊躇するほど美しい女性であっても
湊は手加減しなかった
冷酷で
度の過ぎた完璧主義