やや時間を置いて扉を開いた父親は、それなりのかっこうをしていた。
ざっくりいえば、チノパンにTシャツ。
どっちも若干皺が寄っていることは、この際許容範囲にしてもらう。
髪の毛がぼさぼさなこととか、は。

一応、来客に対するマナーはある男でよかったわぁと胸を撫で下ろす。

「あのね、お父……」

口を開こうとすると、鋭い眼光がやってきてそれを邪魔した。
うわ!
今、視線だけで私を黙らせましたね?!

直後。
久遠さんは、ビジネスマナーの見本のような、かつ、優美さの漂う礼をした。
私は目を見開いた。
一礼で空気ががらりと変わったのだ。

見慣れたはずの古ぼけた一軒家の玄関が、瞬時に『龍堂寺派』本家の茶室に変わった気すらした。(ついさっき写真集で見ただけですが)
ピンっと糸が張り詰めていく。

「不躾とは存じましたが、急を要する用件につき事前連絡も無しにこのように来訪した旨、まずは深くお詫び申し上げます」

……ドチラサマデスカ?

私が言ったら三回くらい舌を噛みそうな難解な言い回し。

それを、もちろん滑らかに、しかも艶やかな声で柔らかく丁寧に述べる久遠さんからは、さっきまでの横柄な態度は一切消え去っていて、どこからどうみても足の指に至るまでビシっとしているどこぞのジェントルマンにしか見えない。

育ちの良さが滲み出る、というのはこのことなのかと目を丸くするほどだ。