今年のバレンタインデーとやらは土曜日で、生活の軸が平日主体の『学生』という俺はいつものその日よりも気が楽だった。


 平日にバレンタインだと気が気じゃない。

 朝、学校に着けば下駄箱は気になるし、机の中も気になる。

 でもガタゴトと探し回るのも格好悪い。

 だから俺をはじめクラスの男子という生き物はそ知らぬ顔して「何気なく」自分宛のプレゼントをひっそりと探すのだ。
 そして1時間目以降の休み時間、放課後は女子という女子の視線や行動が気になって仕方ない。

 話しかけられようものなら「もしやチョコか?!」という気になる。

 自意識過剰と言われても仕方ないけど大体世の男子というものは皆こんなものだ。

 まぁ中には抜け目無くチョコも女子もゲットする「イケメン族」の男子もいるけど…。

 もちろんそんなイケメン族でない、フツメンかそれ以下の分類になる俺は2月14日という一日をほんの少しの期待と多大な怯えと絶望の中で過ごすわけで。

 そんな気が気じゃない一日を過ごすなら体面を気にしなくて済む、学校の無い休日で家の中というのが一番良いのだ。



 だけど。
 「兄ちゃん、チョコ貰ってないの?」

 「…うるせぇな」



 当日が休みの日なら前日に貰ってくる、それが普通でしょ?と言わんばかりの愚妹・美穂の視線を俺は読みかけのジャンプで遮った。

 そのぞんざいな扱いに呆れた美穂は大人しく自分の部屋に戻っていく。

 
 部屋の時計を見れば14日、―――バレンタインデーも残すところ10分をきったところだった。

 勿論、美穂の追及通り、前日の金曜日にも貰っていない。

 そして今日は一日中家に引きこもり。

 誰かがチョコを持って訪れるというシチュエーションも無ければ家族以外の人間に会ってもいない。


 完璧に戦果はゼロだった。
 別に悔しいとか情けないなんて気持ちは無い。

 お礼に気を使う必要もないし…。


 そんな風に己を納得させる理由をを考えていると一階にいるお袋が大声で俺を呼んだ。



 「孝明ー!あんたにお客さんー!!」



 階段の下から叫ぶお袋の声にうんざりしながら俺は部屋から出て階段に向かう。



 「はぁ?何だよこんな時間に?」

 「大槻さんって子。チョコ私に来たんじゃないの?」



 お袋のその一言に俺ははぁ?と素っ頓狂な声を上げた。
 大槻っていうのはクラスメイトの女子。

 目立つタイプでなく、休み時間には仲の良い女子と喋っていたり本を読んで過ごすような大人しいタイプ。

 少し気が小さくてちょっとオドオドした感じがあるけど…割と可愛いタイプだと思う。

 俺は本を読んだりしないし、席も近くになったことが無いからあまり接点はないけど…。


 だけどこんな夜更けに、しかもバレンタインに家まで訪ねてくるなんて目的は馬鹿でも分かること。

 ていうか「それ」以外のことがあるもんか!あるなら俺に教えてくれ!


 俺は狭くて勾配が急な階段をどたどたと駆け下りると玄関に直行して掃き慣れたスニーカーを引っ掛けるように履く。

 そしてドアを開ける前に一つ深呼吸してざっと手櫛でボサボサ頭を整えた。
 本当はワックスでしっかりキメたいし、着古したスウェットを着替えたいところだけどそんな手間をかけていたら大槻が帰ってしまうかもしれない。


 俺は出来る限り駄目な外見を取り繕うともう一度仕上げの深呼吸をして玄関のドアノブに手をかけた。

 ガチャっと音を立ててドアが開くとほんの少し冷たい夜風が入り込む。今日はここ数日の中でも暖かい部類の夜だが寒いものは寒い。

 俺は白い息を吐きながら大槻の姿を探す。

 街灯の明かりに照らされた植え込みや電柱が長い影を伸ばしている。

 元の物質をデフォルメして歪ませた長い影の中に大槻の姿を見つけた。