駅を出て、ネオンの光る通りを歩く。
灯りが途切れた路地を抜けて、薄明かりの小さな箱の前に紀之が立っていた。
「おせぇ…」
「ごめん、バイトしてた」
「バイト…どこで」
「…内緒。」
「……」
タバコをふかす紀之は、少し不機嫌に見えるけど、それ以上何も聞かない。
「早く中入ろうぜ、そろそろシンさん回すんだ。」
ドアを開けるとすぐに、下へ続く階段があって、狭くて暗いそこには何人か人が座っている。
器用に通り抜ける紀之を追って、ブラックライトに照らされたホールへと出た。
「今日は特に混んでるね。」
「だな、シンさん人気あるからなぁ。」
紀之はDJブースにいる、この店の看板DJを憧れの眼差しで見ている。
シンさんの声が響くと、一気にホールの熱気が上がった。
時間なんて、あってないように感じる瞬間。
錯覚に堕ちるような瞬間に皆が酔いしれる。
「なぁ、今なら空いてるからさ、カウンター行かね?」
「…いいけど」
いつもなら、シンさんが回す前に済ませてるのに、紀之はよほどお腹が空いていたのか、どんどんピザを平らげていく。
「…あんま見んなよ、食いにくい」
「もうとっくに食べちゃってるのかと思った。」
「…優梨が来んの遅いからだろ。」
…まさか待っててくれたとか
…紀之に限ってそれはないか
第一、特に待ち合わせてるわけでもなく、ただ来たいときにくる
タイミングが合えば一緒に過ごすだけ
私と紀之の間には、約束も何もない。
今までも、きっと、これからも。
気兼ねなくいられる紀之との空気がすごく楽。