「……あ、そ、そんな…。
…ありがと、ござんす…。」
やはりさっきの言葉が嬉しくてうつむきがちだが、礼を言った。
すると男は申し訳なさそうな顔をする。
「いいや。
拙のほうこそ、こんな軒先に立っていたのが悪かった。
すぐに退散するとしよう。
ではな…。」
「えっ…!」
雨に濡れている筈の羽織をなびかせながら踵を返し、男は宿屋とは反対方向に歩いて行こうとした。
ざり、ざり、と土を蹴っていく下駄。揺れる羽織。
その後ろ姿に、梳菜は何だか、胸の辺りに疼くものを感じた。
――行ってほしくない…。
そして気付けば、