俺の声に蜜葉は頷き、顔を上げた。
赤くなった目。
何故蜜葉がこんな思いをしなければいけないのだろう。
仲が悪ければ離婚も考えたはずだ。
でも離婚すればきっと蜜葉はもっと悲しむ。
両親のことが好きだから、両親がケンカしてるのを見るのが悲しいんだ。
それはきっと蜜葉の両親だってわかってる。
でもお互いに納得出来ないこととか、ストレスで当たってしまうんだろう。
俺も成長するにつれてなんとなく、大人の事情とやらがわかるようになった。
だけどそれは十七歳の女の子には重すぎる。
いくら家の問題でも、子供を巻き込むのは間違ってると思う。
そう蜜葉の両親に言ってやりたい。
でも、俺も子供でしかない。
いくら偉そうなこと言ったって、蜜葉を守ってやれる力も何も持ってない。
俺が、今まで蜜葉を育ててきた両親に何かを言う権利なんてないんだ。
「蜜葉……ごめんな?俺……何もしてやれなくて、ごめん……」
抱きしめた腕の中で蜜葉は首を振った。
「たかにぃは何も悪くないよ……。だから謝んないで……謝んないでよ……」
蜜葉はまた泣きそうになってた。
その顔ダメだって……。
キス、したくなる。
俺を見つめる蜜葉の瞳から逃れることが出来ない。
今まで我慢してた感情も、理性も、何もかもが抑えられなくなる。
蜜葉の唇を親指でなぞり、そっと唇を重ねた。
蜜葉はなんの抵抗もなくそれを受け入れた。
「しょっぱい……」
そう言って笑う蜜葉の唇を、俺は再び自分の唇で塞ぐ。
もうどうなってもいい。
そう思っているのに、キスより先に進めない。
怖い。
無理矢理になんてしなくない。
俺の頭も心もいっぱいいっぱいで、気が付けば蜜葉の肩を押し退けていた。
「たかにぃ……?」
「わかってんの……?この先どんなことすんのか。お前にとって俺は単なる幼なじみだろ?少しは拒めよ!」
俺の為に今は拒んで欲しかった。
俺が蜜葉を泣かせなくていいように。
俺が蜜葉をめちゃくちゃにしちゃわないように。
「拒むなんて出来ないよ!なんで拒まなくちゃいけないの?!私はたか兄のこと好きなのに……キスしてくれて嬉しかったのに……!幼なじみとしてしか見てないのはたか兄の方じゃん!!」
蜜葉はまた泣き始めてしまった。
守らなきゃいけないのに……。
俺が泣かせてどうすんだよ……!!
「蜜葉……ごめん。ごめんな……」
蜜葉を抱きしめて謝った。
自分が情けない……。
俺自身も年齢で言えば大人だ。
けど、中身はまだまだ未熟で、子供だ。
「たかにぃ……」
そんな俺を蜜葉は頼ってくれてる。
ガキだった俺の言葉を信じて、頑張ってるんだ。
俺も、蜜葉の為に何かしてやりたい。
今度こそ守りたい。
この気持ちに名前はあるのだろうか……?
あの日から一週間が過ぎた。
時刻は午後四時。
今まで毎日のように家に来ていた蜜葉が、あの日以来、俺のことを避けているのか来なくなった。
「蜜葉ちゃんどうしたのかしらねぇ……」
母さんが俺を見ながら言ってくる。
「さぁな」
そう答える俺に、母さんは何か言いたげな表情を見せたが
「お夕飯の支度しなくちゃ」
とキッチンに向かっていった。
やっぱり俺のせいだよな……。
アイツ、一人で泣いてないかな……。
「あー、もぅ!!」
蜜葉がいたっていなくたって、結局アイツのことばっか考えてるんじゃん。
「俺ちょっと出てくる」
キッチンにいる母さんに告げて家を出た。
玄関のドアを開けると、外出から帰ってきたのか蜜葉が俺の家の前を通り過ぎるところだった。
「あ……」
蜜葉も俺に気付いて声を出したが、すぐに視線を逸らして走り出そうとする。
「蜜葉待って!!」
俺の声に蜜葉はビクッと体を震わせ立ち止まった。
持っていた荷物をギュッと抱きしめてる。
俺は蜜葉に嫌われてしまったんだろうか……。
「蜜葉……俺のこと避けるのは構わないけど、母さんも心配してるからたまに顔見せてやって?じゃあ、それだけだから。引き止めてごめんな」
それだけ伝えて家に戻ろうとすると後ろから何かが落ちた音が聞こえた。
「なっ……?」
振り向いた瞬間、俺の胸に蜜葉が飛び込んできた。
その勢いで転びそうになったのを必死に堪えた。
「蜜葉……泣いてる?」
「たかにぃ……私のこと嫌いになった?
ただの幼なじみでいた方がよかった?
お家がお隣だから優しくしてくれただけかもしれないけど、私はずっとたかにぃのこと好きだった……。
たかにぃには嫌われたくないよ……。
あの日から、会いたくて……会いたくて、でも怖くて……ずっと、寂しかった……。
泣かないように頑張るから、たかにぃのこと困らせないようにするから……離れていかないで……。
私のこと嫌いにならないで……お願いたかにぃ……」
今、蜜葉が泣いているのは全部俺のせいだ。
俺がはっきりしないから。
だったら俺の気持ちを伝えてしまおう。
蜜葉が泣かなくていいように。
「蜜葉、家においで」
俺は荷物を拾って、蜜葉の手を取った。
玄関から母さんに何も言わずに自分の部屋へと向かう。
部屋に入り、ドアを閉めてすぐに鍵を掛けた。
誰にも邪魔はさせない。
蜜葉をドアにおっかからせて唇を重ねた。
「たかにぃ……」
蜜葉は顔を赤くしながら、吐息を漏らすと共に俺の名前を呼ぶ。
キスなんかじゃなくて、蜜葉はきっと言葉が欲しいと思う。
離れていかないよって。
嫌いになんかならないよって。
大好きだよって。
だからちゃんと言わなきゃダメなんだ。
俺は唇を離して蜜葉の肩を掴むと、蜜葉の目を真っ直ぐに見た。
「約束する。俺は蜜葉から離れない。蜜葉を嫌いにならない。だって、蜜葉が大好きだから」
笑いかけるように俺が言うと、蜜葉の目から涙が零れた。
「あれ……?泣かないって、言ったばっかりなのに……」
止まらない涙を蜜葉は必死に止めようとしてる。
「“俺の前では我慢するな”って言っただろ?」
蜜葉を抱きしめて、耳元で囁いた。
蜜葉も俺の背中に手を回して、ギュッと抱きしめてくる。
「たかにぃ……本当に、本当に私のこと好き……?」
「うん。大好き」
「えへへ。私も大好きだよ……」
いきなり蜜葉の力が抜けたかと思ったら、俺に抱きついたまま眠ってしまっていた。
「泣き疲れて寝るとか……可愛いやつ」
蜜葉をベッドに寝かせ、そっと頬にキスを落とし俺は部屋を出た。
階段を下りて、キッチンにいる母さんのところへ行く。
「母さん」
「あら稜人、帰ってたの?」
「蜜葉今、俺の部屋で寝てるから」
俺の言葉を母さんは理解できていないのか首を傾げた。
「ちょっと出てくる」