愛穂は、思い着く限りのありふれたプロポーズ断りの言葉を並べ立てるしかなかった。

何故ならどうして自分が、この結婚話を断わって居るのか、そのハッキリした理由など自分自身でもよく解っていなかったのだから・・・

ただ、あの「この先、通りぬけ出来ません」という看板の迷路の夢を見始めた日が、直也からプロポーズをされた夜だったこと。

そして、バックする以外にあの迷路から抜け出せなかったこと。

それが、なんとなく引っかかっていた・・・
そんな事を正直に話してたとしても、直也を納得させるなんて到底無理だということは解っていたし、当の自分さえ納得させられなかったのだから。

その後、しばらくは直也から電話やメールが続いた。

しかし、愛穂の繰り返すつれない返事に直也の熱も次第に冷めて行った。

2年後・・・
ふと目にした新聞の地方版の片隅の事故欄で、思いがけない名前を見つけた。


会社員平川直也さんとその妻ハルミさんを乗せた乗用車が山道からがけ下へ転落、発見された時には二人とも既に死亡しいていた。

警察の調べでは、事故当時現場付近には濃い霧が発生し、視界不良だったために平川さんが運転を誤って転落したものとみられるとなっていた。

愛穂は思った。直也には、来た道をバックする発想は浮かばなかったのだろう・・・