「随分な口利くようになったじゃねぇか」


小林くんの胸ぐらを掴み、至近距離で地響きか声かわかんないような低い声を出す悪魔。


冷静で、なのに今すぐ大噴火しそうなオーラを纏った横顔。


教室中が、糸を張ったような緊張感に包まれた。

みんな石像みたいに固まって、悪魔達を見る視線にさっきまでの柔らかさはない。


長身の悪魔に胸ぐらを掴まれた小林くんは、爪先立ちになりながら声を張り上げた。


「お、お前な! 俺に手出したらどうなるか──」


バキッ!!

言い終わる前に悪魔の拳が小林くんの頬に食い込み、聞いたこともない鈍い音が辺りに響いた。

ガタガタッと机と体がぶつかる音と、女の子の小さな悲鳴が騒がしい中、


「てめぇ、誰に向かってそんな口利いてんだ?」


低く冷たい声だけが、自棄に耳の奥にこびりついた。


尻餅ついた小林くんに、一歩一歩、ゆっくりと近づく悪魔。

その表情は私からは見えないけど、小林くんは怯えきった様子でついには謝り始めた。

だけど、今さら悪魔が歩みを止めるわけもなく。

小林くんの前で立ち止まった悪魔の左足が、僅かに浮かんだ瞬間──


私はきつく目を閉じた。


真っ暗になりきれてない、どこかチカチカした暗闇の中。
ドカッという籠もった音が鼓膜に突き刺さった。


恐る恐る目を開けると、机や教科書に埋もれた小林くんが腹を押さえうずくまっていて。

悪魔は荒々しく教室を出て行った。


悪魔の足音が聞こえなくなると、やっとの事で教室の時間が動きだす。


小林くんを心配する声や、『停学なるんじゃね?』という好奇を含んだ声。

机を立て直したり、教科書を拾い出す人。


ふと足下に目線を落とすと、沢山の教科書が散乱していた。


【2−7 佐久間隆斗】


やや右上がりの細長い字でそう記された数学の教科書を、拾い上げた私の手は……小刻みに震えていた。




──その日、悪魔は教室に戻ってこなかった。