前の部屋の荷物を、全部引き上げに行くということで。

 やっと確実に理解はしたものの、さっきの一瞬のショックが大きすぎて、カイトは何度か意識して呼吸を繰り返さなければならなかった。

 確かに、メイの言う通りだった。

 いつまでも、あのアパートを放っておくワケにはいかなかった。

 まだ、中には彼女の荷物が置き去りのままなのだから。

 部屋の中を思い出す。

 たった一晩だけ、カイトが泊まった部屋。

 何もない、がらんとした部屋だ。

 あれを見た瞬間の気持ちが、一気に波のように戻ってくる。

 カイトは、ぱっとフタをした。

 もう、あんな気持ちになる必要はないのだ。

 彼女はそこにいて、法的にも自分の妻なのだから。

 あの部屋にあるものを全部捨ててしまいたい衝動と、初めて彼女と身体を交わすことができた時の気持ちと、2頭の龍が渦を巻くように絡まり合ってカイトを締め付けた。

 しかし、彼女が望むなら。

 荷物を引き上げたいというのなら、それでいいと思った。

「明日…行くぞ」

 早く。

 結婚前に起きた別れを思い出させるものは、片づけてしまいたかった。

「ありがとう」

 嬉しそうなお礼の表情には、昔を思わせるようなイヤな影はなかった。


 その笑顔に救われながら、カイトはようやくじゃがいもの煮物を、箸で突き刺すことが出来た。