「もう一度、番号をお渡ししてもよろしいでしょうか?」

 彼は。

 このチャンスを、待っていたのだろうか。

 ひっそりと端の席で咲くリエを、バラだと思ったのだろうか。

 でも、きっとこのウェイターが見ているのは、温室のバラ。

 あの男にしてみれば、リエは、君にバラバラ、と言ったところか。

 私は。

 もやもやしたものが、胸の中でわきあがる。

 どういう気持ちなのかうまく掴めなくて、彼女はなおもウェイターの言葉に答えられずにいた。

 手の中に、冷たいグラスを持ったまま。

「私…」

 水割りで濡れた唇を、ようやく開いた時。

 チリチリーン。

 ベルが鳴った。

 電話、ではない。

 ボーイを呼ぶようなそれでもない。

 第一、ここにそんなベルはない。

 鳴ったのは。

「リエ!」

 大きな声が、嬉しそうに自分を呼んだ。

 え?

 心臓が止まりそうになりながら、ぱっと顔を上げると―― 店のドアが開いていた。

 鳴ったのは、ドアにつけられていたベルだったのだ。