「ちょっと、シャチョーを出しなさいよ! シャチョーを!!」

 信じられない事実にわななきながら、ハナはネクタイを掴み上げた男をゆさゆさと揺さぶった。

 そうやって振り回したとしても、背広の影から社長が転がり出てくるワケではないが、どうにもおさまらないのだ。

「うわ、ストップストップ!」
「お、落ち着け、ハナ!」

 さすがに、彼の身の危険を察知したのか、周囲の会社の連中に取り押さえられる。

 ようやく逃れることが出来て、ゲヘゲヘと咳き込んでいる男を見ても、ハナは罪悪感のかけらも浮かばなかった。

 それどころか、まだマグマが燃えさかっている。

「ちょっと! 誰かシャチョーのケイタイ知らないの!?」

 披露宴会場から消えたと言っても、全世界からいきなり消滅したワケではないのだ。

 そう遠くには、行ってないはずである。

 ということは、今は文明の利器があるワケで。

 ケイタイで、引っぱり出しせばいいのではないか。

 興奮しながらも、ハナは自分の思いつきが、かなりいい線いってる事実に気づいたのだった。

 結婚式場の教会を調べそこねた時の、まぬけな彼女とはひと味違うのである。

「ばっ、バカなこと言うなよ…オレたちが、シャチョーのケイタイなんか知ってるワケないだろ?」

 滅相もない、と言いたげな反応が一気に返ってくる。

 思えば、彼らはヒラなのだ。

 勿論、ハナもヒラ社員なのだが。

 一介のヒラが、社長の携帯を知っているハズがない。

 となると。

 キラーン。

 ハナの視線が、鋭く周囲の席に巡らされた。