「いやぁ…怖いお人かとおもてたら、実はめっちゃ愛妻家っちゅーヤツやったんやな…そーか、そやったんかぁ!」

 いきなり、勝手に話を作りながら―― なおかつ、親近感を得たかのように、タロウまでワインボトルを差し出してくる。

 さあ飲んで、飲んで、と。

 ブチブチ。

 カイトは、頭の中がそういう音を立てたのを聞いた。

 結婚式からこっち、キレてばかりだった。

 どれもこれも、彼の中の最後の堤防である『メイ』が、せき止めてくれていたのに。

 ここには、もう彼女はいない。

「いやぁ、えらいベッピンのヨメはんやもんなぁ…ありゃあ、愛妻家にもなるわなぁ。うんうん…オレかて、惚れそうや」

 瞬間。


 ブチン!


 最後の大綱が切れた音がした。


 ギロリ。


 そうして、タロウは最高級の睨みを、食らってしまったのである。

 たとえそれが、単なる一般的なお世辞であったとしても、最後の付け足しが冗談であったとしても―― いままで彼がため込んできた、すべての恨みつらみが、この一瞬で吹き出してしまった。

「ヒッ!」

 そのオーラに気づいたのか、タロウは飛び退いた。

 殺されるとでも思ったのだろう。

 しかし、カイトはそんなことはしなかった。

 代わりに。

 ガッ。

 彼は、席を立った。

 周囲の人間が、もうどんな声をかけようとも、カイトは決して止まることはなく、そのまま凄い勢いで披露宴会場を出ていってしまったのだった。