●78
 結婚行進曲は、まだ終わっていなかった。

 パイプオルガンの生演奏だったが、演奏者の女性は、彼らの疾走の様子を見ていなかったのだ。

 ただ、悦に入って弾き続けている。

 いつもの予定で、いつもの時間、弾こうと思っていたに違いない。

 ふっと視線を上げた彼女が、すでに祭壇の前にいる彼らに驚いて、演奏をいきなりやめてしまった。

 曲の間中、神父様もカイトもメイも、ただそこに立ちつくしていたのだ。

「コホン…」

 異様な場の雰囲気を収めるかのように、一つ生まれた神父の咳払いで、すっと空気が緊張したのが分かった。

 メイの頬に、冷たい風が触れた気がしたのだ。

 何か―― とても大事なものを見せられるような、そんな冷えた緊張感だけが心を包む。

「それでは、まず始めに新郎に、結婚の誓約をしていただきます」

 咳払いで、やっと自分の役目に気づいたのか、進行の男性の声が響く。

 そうなのだ。

 誓いの言葉なのだ。

 メイは、ぎゅっと彼の手を握りたかった。

 しかし、まだカイトは彼女の右腕を掴んだままで。

 勿論、こういうことはリハーサルにはなかった。

 ただ神妙に、2人立っていればよかったはずなのに。

 けれども、掴まれている腕から、手袋越しの少し遠い体温が伝わってくる。

 36度から、わずかに差し引かれた温度。