嗚呼。

 シュウは、決して新郎から目を離してはいなかった。

 ソウマに頼まれていたのだ。

 そこから逃げ出さないように、見張っていてくれ、と。

 見るからに、カイトはイライラし続けていたが、暴走するタイミングを掴めずにいるようだった。

 油断はしなかったが、シュウの目にはそう見えていたので、逃亡の確率は極めて低いと踏んでいたのだ。

 第一、逃亡されると困るのだ。

 この結婚式、並びに披露宴には、仕事関係者も多い。

 社員や取引先の目の前で、鋼南電気の代表取締役社長として、堂々たる態度で臨んでもらわなければ困るのだ。

 後々の、会社全体の評判にかかわるのだから。

 なのに。

 カイトは、やったのだ。

 ようやく、ソウマと新婦に当たる女性が扉の向こうから現れて、彼の体内時計では57秒後。

 シュウが知っている以上のダッシュで、中央通路を逆走したのである。

 式の流れを頭の中に入れているが、予定ではカイトは一歩も動かなくてよかったはずだ。

 そこまで、ソウマが新婦を運んできて、そこから2人で歩いていくはずだったのである。

 すみません、ソウマ。

 シュウは眼鏡の位置を直しながら、知人に詫びた。

 彼の知る程度のダッシュであったなら、止めることが出来たはずだ。

 だから、この役目を引き受けたというのに。

 またもイレギュラーだ。

 いや、最近は余りにイレギュラーなことばかりで、そっちの方が日常化しつつある。

 シュウのよく知っているカイトが、次第に過去の産物になろうとしているのだ。