「そろそろお時間ですが…」

 男性陣の衣装が、メチャクチャになる寸前に、制止の声が入った。

 メイとの事前の再会は、失敗に終わることとなったのだ。

 2人の有能すぎる友人たちを呪う余り、カイトは新郎とは思えない目つきの悪さになった。

「すぐに引き合わせてやるから」

 ソウマが苦笑しながら、自分の衣装と髪を整える。

 その後で、くるりとカイトの方を向き直ると。

「ほらほら、ちゃんとしろ」

 などと、小学生を相手にするかのように、彼の衣装を整えようとしてくれるのだ。

 気色悪い余り、その手を払う。

 いつぞは―― そう、リハーサルの時は、ネクタイを締められそうになり、慌てて蹴り飛ばして逃れたことを思い出した。

 彼のネクタイに触れてもいい人間は、自分ともう一人だけだったのだ。

 が。

 今日は、そのもう一人にネクタイを整えてもらうことは出来ない。

 鏡を睨みつけて、カイトは襟を正した。

 そして、ついに観念して蝶ネクタイを結んだ。

 どんな格好をしようとも、そこには昔からずっと付き合ってきた『カイト』という男の顔がある。

 その顔を維持する余り、似合う格好と似合わない格好というものが、ばっきりと別れてしまった。

 普通ならば、その衣装にあった表情をすべきなのだ。

 なのに、カイトはいつまでたっても、狭いマンションの自室で、身動きが取れないほどマシンを押し込んでいた頃と、同じ顔をしている。

 1人の時は、いつもこうだ。

 彼の人生を表すBGMは、『ワルキューレの騎行』であり、『結婚行進曲』ではない。

 そんな彼が。

 たった1人の女のために、一生に一度の大ハジをかくのだ。

 こんな顔に似合わないチャラチャラした衣装を着せられ、胸に花なんかくっつけられ。

 どうしてもそれだけは我慢しきれずに、カイトは生花でできたそれをむしりとった。