カイトには、金もある。

 地位もある。

 けれども、今までそれらで彼女をうまく喜ばせたことなど、本当に数えるほどだった。

 魔法は、金では変えないものなのだと、イヤというほど思い知らされてきたのである。

 そんな彼は。

 しばらくの時間、迷い巡った挙げ句。

 額に。

 頬に。

 そして―― 唇に。

 そっと、唇を寄せたのだ。

 魔法の呪文が、何も出てこなかったのである。

 一度、唇を離す。

 もう一回。

 柔らかい唇が、ふっとほころんで、彼のキスを受け入れてくれる。

 もう一回。

 魔法の『魔』の字の中には、『鬼』が隠れている。

 ちょっと悪く使うと、すぐ林の中から鬼が現れるのだ。

 この時。

 カイトは、キスを止められなくなった。

 彼女を、リラックスさせなければならなかったのに―― 鬼が現れたのだ。


 一匹の鬼だけで食い止められたのは、彼の精一杯の理性だった。