「あっ、だっ…カイト!!」

 メイは慌てた、どころの話ではなかった。

 思わず、もがいて彼から逃げ出そうとしてしまった。

 墨なのだ。

 クリームが頬についている、とかいうことと違って、それは食べるものじゃない。

 決して身体にいいとは思えないのに、おいしくないだろうに、カイトはそんなことをするのだ。

 なのに、もがいても逃げられない。

 しっかりと身体が抑えられていて、もがこうとするともっと強い力がかかる。

「やっ…きたな…カイェ…」

 ようやく、もぎはがすことが出来てみたら、彼女の胸は早馬よりももっと早く。

 しかも、あてどないコースで駆け抜けていたのだ。

 そのまま、ヘナヘナと座り込みたいくらいだった。

 頬がひやっとする。

 カイトが舐めた場所だ。

 それが、さっきのことをリアルに思い出させる。

 少しだけ離れたカイトは、不満そうな表情で彼女を見ていた。

 どうして、拒まれるのか理解できないような、そんな動物的な顔。

 カイトには、本当にいろんな顔がある。

 仕事用の顔。

 自分といる時の普通の顔。

 そして―― 時々、一瞬にしてスペシャルになってしまう顔。

  最後のスペシャルだけは、まるでスロットのようにどんな表情が出てくるか分からない。

 分かっているのは、どの結果が出たとしても、メイの心を穏やかにはしてくれないということだ。

 いまは、動物の顔。

 そのケモノに、どうやったらいまの行動に対する自分の反応について、解説できるのか。

 考えれば考えるほど、彼女は分からなくなってしまった。