いまの幸せと、少し前の不幸せを。

 同時に、心の中で泳がせていた。

 忘れた―― ことなんてなかった。

 カイトには、形に残る思い出は何もなかったけれども、彼女について、一日だって忘れたことはなかった。

 メイは、ずっと好きだったと彼に告白してくれた。

 そのずっととは、一体いつからなのか聞いたことはなかった。

 だが、いま少し分かったような気がした。

 カイトのことを思っていたという、何よりの証拠を見せつけられ、身体の中からカッと熱いものが燃えさかる。

 思い出のカップだというのに。

 カイトは、手荒にそこらに置くと、濡れた手にもかまわずに。

 彼女を抱きしめた。

「あっ…」

 どうして、こんなに何度も抱きしめているのに、慣れてくれないのか。

 固まった身体に構わずに、ぎゅっと抱く。

 思い出なんか、カイトは必要なかった。

 あのマグカップなんか、もうどうだっていいのだ。

 ここに、メイがいれば、それでよかった。

 なのに。

 彼への気持ちが、あのマグカップの中にぎゅーっと凝縮しているような気がして。

 それを思うと、おかしくなってしまいそうだった。

 まるで、エスプレッソのように。

 それをガブ飲みしまった後のように。

 胃が痛い。