左手は、カイトにとっては利き手だった。

 彼女に一番触れる手の方に、指輪があるのだ。

 もうその金属は冷たくなく、彼の体温と同じ温度でしっかり馴染んではいたが、まだカイトはその有様を見られないままだった。

 そうして、隣に眠っているメイの左手を捕まえる。

 起こさないようにそっと。

 ベッドランプにちかっと光ったそれを見ていると、また愛しさが溢れてくる。

 こんな指輪という物体に、彼は感情を呼び起こされるとは思ってもみなかった。

 この世の中に存在するいろんなものの中で、自分にとって意味のあるものがいくつかある。

 存在自体の意味と一緒に、記憶や感情も押し込められるモノがあるのだ。

 きっと、これがそう。

 彼女に、『自分があげた』と、はっきり自覚出来るもののせいかもしれないが。

 この指輪が、特別なものであるということだけは、彼もはっきり認識出来た。

「カイ…ト?」

 じっと左手を眺めていたせいか、彼女が起きてしまった。

 声が重いのは、眠りの淵にいたせいか。

 それとも、さっきのカイトの無茶のせいか。

 どうしても、愛しさが炸裂すると自分を押さえきれない。

 本当は慈しみたいのに、むさぼるばかりだ。

 どうしようもない。

 彼女を側に置いていると、すぐに平静でいられなくなるのだ。

 そっと抱き寄せながら、彼はベッドランプを消した。

「寝ろ…」

「ん…」

 そう答えたにも関わらず、メイの手が彼の身体に触れる。

 何気なく、ではなく。

 微かな意思がある動きだ。

 何をしているのかと怪訝に思うまでもなかった。

 彼女の、おそらく右手が―― 彼の腕をたどって指先にたどりついたのだ。

 確かめるように、カイトの左手に触れるのである。

 薬指が。

 探られた。


 また、彼を火だるまにする気か。