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「あ、あのね…」

 メイが、『すごく勇気を出しました』という顔で、肩に力が入りまくった様子で、そう言葉を切り出した。

 ダイニングの夕食の時間のことだ。

 今日は金曜日。

 最近は、残業の「ざ」の字もせずに、カイトはすっとんで帰ってきていた。

 だから、いまもまだ夜早い時間である。

 夕食の煮物に落としかけていた箸を止めて、彼はぱっと視線をメイの方に向けた。

 何となく、今日の彼女はそわそわしているように思えていたのだが、カイトには理由は分からなかった。

 しかし、どうやら何かを言いたかったらしい。

 まだ全然、態度から気持ちを察することのできない自分を不満に思いながら、とにかく耳を傾けた。

 そんなに力を入れて、一体何を言おうとしているのかと。

「あのね…お願いがあるの」

 お願いばかりでごめんなさい。

 その肩に入っていた力も、言葉を一つ紡ぐごとに弱くなっていく。

 そうして、最後の『ごめんなさい』は消え入りそうなほどだった。

 しかし、カイトの対メイ・アンテナがぴぴっと反応する。

 いま彼女の言った言葉について、だ。

『お願い』、と。

 そう、彼女は言ったのだ。

 カイトは。

「遠慮…すんな、言え」

 我知らず速くなる鼓動を押さえきれないまま、しかし、声がうわずらないように喉を緊張させて、そう言った。

 ついに。

 彼女から、正式なお願いがきたのかと思ったのだ。

 いままで彼女が望んだものは、カイトにしてみれば、あまりにささやかで大したことがないものばかりで。

 かと思えば、『笑って』などという、とてつもなく難易度の高いものだったりした。

 メイのためになら、そんなこと簡単だと思っていた。

 なのに、この身体ときたら、そっち方面ではポンコツに出来ているらしく、あわや機能停止近くまで、自分を追いつめてしまった。

 あの脂汗を、彼は忘れないだろう。