「と、とりあえず、将来のことが迫ってきてるし、勉強は最優先かな・・・。あ、でもカツヤと一緒にいたくないとかそういうことじゃなくって。」
カツヤのするどい視線を感じて慌ててフォロー。
ふぅ。
なんでこんなにカツヤに気を遣わないといけないの?
だって、私の進路がかかってんだよ?
タイスケ、助けて~。
カツヤは、前髪をかき上げた。
「勉強するのは、全然気にならないんですけど、やっぱタイスケさんとずっと一緒ってなると、俺としては、心中穏やかでいられないっていうか。」
「あはは、そんなこと気にしてたわけ?お前もまだまだだなぁ!」
タイスケはカツヤの肩をぽんぽんと叩きながら、大きな声で笑った。
ばか。
ここ図書館よ!
思わず、タイスケに「シー!」って言ってやった。
「あ、わりいわりい。いや、でもさ。カツヤが思ってるような関係じゃないから、俺ら。本当だって。俺も、ナツミも全くこれまでだって、一度だって、そういう雰囲気にならない相手だったからさ、こうやって一緒に勉強できてたんだって。ほら、カツヤ、想像してみろよ。ドキドキするような相手と、真剣に受験勉強に向き合えるか?心ここにあらずになっちまうもんだろ?誰がそんな相手と一緒に勉強する?それに、俺らここで勉強するっていっても、来る時間も帰る時間もバラバラ。たまたま横に座ってたっていうだけの存在だからよ。こいつの勉強時間が終わったら、カツヤが迎えにきてデートなりなんなり楽しめばいいじゃんよ。」
一気にタイスケがまくしたてた。
容赦ない説得力。
しかも後輩にあたるカツヤとしては、それ以上何も言えなくなっていた。
タイスケ。
すごいわ。
だけど・・・・。
そんなに露骨に私を女性としてみてないみたいな言い方することないじゃない。
カツヤに有無をも言わせないところはさすがだったけど、タイスケの言葉に落ち込む。
そうなんだ。
私とだったら、意識せずに、同志として勉強ができるってことなんだね。
小さくため息をついた。
顔を上げると、カツヤと思いっきり目があった。
落ち込んでる顔してる場合じゃないよね!
カツヤに笑顔でうなずいてみせた。
カツヤは、またタイスケの方に向き直った。
「タイスケさん。信じてますよ。」
その言葉には、先輩に対してだというのに、すごみがあった。
タイスケも少し目を見開く。
「お、おう。まずはナツミを信用して、お前は勉強できるよう励ましてやれ。」
「はい。じゃ、俺、週末は勉強が終わるころに必ずお邪魔します。ナツミさん、それでもいい?」
カツヤは私に視線を向ける。
「うん。もちろん。」
カツヤは椅子からすくっと立ち上がると、
「俺、帰ります。ナツミさん、勉強がんばって。夕方またメール入れます。」
と言って、タイスケに会釈をして図書館から出ていった。
カツヤの後ろ姿が見えなくなると、急に脱力感。
はぁ~。
疲れた。
タイスケの横の椅子に座って、テーブルに突っ伏した。
出るのは長いため息。
ホッとした気持ちと、複雑な気持ち。
「俺に何か言う事ないのかよ。」
横でぼそっとタイスケがつぶやいた。
ゆっくりと顔を上げる。
タイスケは私の方を見ずに、既に問題集に目を落としていた。
ふん。
結局、早く勉強したいわけだ。
「ありがとね。とりあえず。」
私はそう言うと、バッグから問題集と参考書を引っ張り出した。
「なんだよ。それ。」
タイスケが不満そうに私の方を向いた。
「え?何か問題でも?」
あえて、白々しく言ってやった。
「はぁ?お前がきちんとカツヤを説得できなかったから、俺がわざわざ説明してやったんだぞ。しかも『とりあえず』ってなんだよ。」
「じゃ、『とりあえず』は撤回するわ。助かりました。これで勉強できます。ありがとうございました。」
バカ丁寧に頭を下げる。
「ちぇ。気にいらね。」
何よ。
私だって、気に入らないっての。
でも、まさかそんな事を言うわけにもいかず、黙ったまま問題集を広げた。
タイスケが貧乏揺すりを始める。
きっとイライラして勉強に集中できないんだろう。
「お前さ。勉強したかったんじゃないの?」
「そうよ。」
「だから、俺が今日ここでカツヤを説得してやったんだろが。」
「そうだよ。」
「もっと、ありがたいなーって気持ちはないわけ?」
「ありがたいなーって思ってるわよ。」
「そうかな。」
「そうよ。」
「俺、なんかお前にいいように使われてない?それか、やっぱお前、カツヤと一緒に勉強したかったか?」
急に何つっかかってんのよ。
これだから、微妙な女心が理解できない男は面倒臭いっての。
「そんなわけないじゃない。全然そんなこと思ってないし。本当にありがたいと思ってるもん。もういいじゃん。お互い勉強するためにここにいるんだし、もっと集中しようよ。」
タイスケは目を丸くして、そして眉間にしわをよせた。
「ナツミ、お前なんだか変ったよ。」
「そう?」
「おう。変った。」
「どこが?」
「彼氏ができたからかどうかしんないけど、偉そうな感じだしさ。全くかわいげなくなった。」
ムッ。
右目の横辺りがピクンと痙攣する感覚。
「そ、それどういう意味よ。そんなことないわよ。タイスケの方こそ、なんだか変ったんじゃない?」
「俺のどこが変ったんだよ。」
「なんていうか、ちょっと言い方きつくない?もっと他に言い方ないわけ?」
「俺のどこがきついんだよ。」
ふぅ。
ここは図書館だっていうのに。
だんだん声のトーンが大きくなってるタイスケ。
自分で気づけっての。
「もういい。また今度話すわ。今は勉強しよ。」
私は集中できないのがわかっていながら、広げた問題集に視線を向けた。
「ちぇ。」
横でタイスケが舌打ちする。
タイスケの貧乏揺すりは止らない。
そして、急にわざとらしく音をたてて問題集を閉じる音。
椅子をひいて立ち上がる音。
カバンに問題集や参考書を無造作につめこむ音。
そして、タイスケはでかい足音をたてて、図書館を出て行った。
な、なによぉ!!
あまりにムカムカして、タイスケの後ろ姿を見る気分にもならなかった。
もう、どうでもいい。
私は私で勉強するんだから。
カツヤはきっと応援してくれてる。
だから、がんばらないと。
シャーペンをにぎって、広げた問題集の文字をなぞる。
・・・。
全く頭に入ってこない。
くそー!
タイスケのせいだ。
大体、タイスケがカツヤを説得した内容自体、イライラしたんだもん。
あんなに私を女性として意識してないだなんて言うことないじゃん。
もっと他に言い方ないわけ?
長いつきあいなんだから、友達としてだったとしても、もっと大切な扱いできないの?!
あー。
こんなだったら、カツヤも一緒に勉強する方法をとればよかった。
タイスケに頼んだのが間違いだったよ!
出てくるのはため息ばかり。
こんなんじゃ、勉強なんてできやしない。
時計を見ると、まだ11時すぎだった。
お昼までまだ1時間もある。
こんなんじゃ勉強なんてできやしない。
タイスケはどこへ行ったの?
カツヤに、私とだったら女を意識せず勉強に集中できるなんて豪語してたくせに。
結局、前も今回も集中できないのはタイスケじゃない。
それって・・・。
ひょっとして、私のこと意識してるってこと?!
あはは。まさかね。
あれだけ私を「ダチ」だって大きな声で言うんだから。
あー。
もうあれこれ考えるのはやーめた。
このままじゃ、私まで自滅しちゃうよ。
力が入らない手で問題集をめくった。
「ナツミさん・・・。」
後ろでちいさな声が聞こえた。
振り返るとカツヤが立っていた。
「え?どうして・・・。」
び、びっくりしたー。
夕方に迎えにきてくれるんじゃなかったっけ?
「あ、すみません。なんだか二人が気になって、結局図書館の外で時間つぶしてました。」
「あ・・・そう。」
「そしたら、タイスケがさんがすごい表情で出てきて。」
そっか。
それで。
「俺もすごい目で睨まれて。とりあえず気になってナツミさんのところへ来ちゃったんです。勉強の邪魔だったら、俺また後で出直すけど。」
「いや、丁度よかった。」
「え?」
「なんだか勉強に集中できなくてさ。少し早いけど学食に食べに行かない?」
「あ、いいですけど。」
カツヤは腑に落ちない表情でうなずいた。
食堂へ二人で並んで歩く。
なんだか変な感じ。
いつも横にいたタイスケじゃなくって、今はカツヤ。
カツヤはいつも横にいたあのきれいな彼女さんじゃなくて、私。
ちょっとしか時間が経ってないのに、色んな事がめまぐるしく変っていってる。
こんなんでいいのかな?
思わずため息がこぼれた。
「ナツミさん、タイスケさんと何かあったんですか?」
「うん。まぁ、つまらない喧嘩ってとこかな。」
「それって、俺もからんでる?」
からんでないといえば嘘になるけど。
「まっさか。からんでないよ。」
私は明るく笑った。
カツヤは苦笑しながら言った。
「からんでいたかったな。」
え?
「俺も、からんでたかった。」
私は少し笑ってうなずいた。
私って、全然カツヤのことわかってないのかもしれない。
それに、カツヤのこと、思いやってあげれてないのかも。
タイスケが私のこと全くわかってないように。
胸が痛んだ。
カツヤと学食に入る。
時間が早かったからか、結構空いていた。
いつものデイランチを買って、空いてるテーブルに座った。
カツヤも私と同じデイランチを持って私の横に並ぶ。
なんだか・・・ねぇ?
こんなんでいいのかな。
無言でランチにお箸をつけた私にカツヤが言った。
「タイスケさんって、本当にナツミさんのこと何とも思ってないんでしょうか。」
正直。
最近のタイスケの言動はわからないことだらけだ。
私のこと、意識してないにしては、最近の態度は妙な感じもするけど。
でも、もし、もしよ?
私に少しでも気があるんなら、もうちょっと優しい言葉だとか行動だとかするはずじゃない?
私は軽くため息をついて答えた。
「うん。何とも思ってないよ。」
カツヤは少し身を乗り出した。
「どうして、そう言い切れるんですか?」
「だって、そんなそぶりされたことないもん。」
「じゃ、俺がナツミさんに告る前、俺がナツミさんのこと好きだったってこと気づいてました?」
「ああ・・いや、それは。」
「本心って、結構わかりにくいもんなんですよ。」
「ま、ぁ。それは誰にでも言えることかもしれないけど。」
「もし、」
「もし?」
「タイスケさんから告白されたら、ナツミさんどうします?」
どうしますって?
カツヤ、あんた何聞きたいのよ。
カツヤの瞳は真剣だった。
「そんなあり得ないこと想像もできないって。」
逃げた。
「想像して下さい。」
食い下がるカツヤ。
長い前髪の奧の切れ長の瞳が私を捕らえていた。
「え~。だから、あり得ないし。今はカツヤと付き合ってるんだから。」
「じゃ、タイスケさんがナツミさんのこと好きだったとしても、その気持ちには応えない?」
しつこいぞ。
カツヤ。
少しイライラする。
カツヤのしつこさと、
その答えにしっかりとした気持ちが持てない自分に。
カツヤを目の前にして、本心は言えないよね。
それは、あまりにひどい話。
それに、私の気持ちは、カツヤにもかなり振れてる。
カツヤと今別れようなんて気持ちがないことは確か。
「タイスケがもし、もしよ?絶対ないと思うけど、私のこと好きだなんてことがあったとして、カツヤとは別れる気はないから。もちろん断るわよ。」
カツヤから目をそらして、言った。
カツヤが長いため息をついた。
「よかった。」
ちらっと顔を上げると、カツヤは安堵の笑顔を浮かべて私を見つめていた。
うっ。
笑顔もきれい。
きっとこの笑顔にまいった女性は何人もいるんでしょうね。
私は、こうやって、付き合って、初めてその笑顔に気づかされたかもしれない。
結局その日はそのままカツヤと帰った。
さすがにデートする気分にはならなかったから、直帰。
タイスケのことも気にならないといえば嘘になるけど、電話もかけなかった。
あの後、どこへ行ったんだろ・・・?