カラン、コロン、カラン...


もう何年も耳に聞き慣れた
心地いいドア鈴の音

その音色を合図に


「お、 来た、来た、来た♪」


マスターの優しい声


仕事でいつも帰りの遅い
母の代わりに
幼い兄妹に快く食事を
食べさせてくれたマスター

それは母が亡くなっても
変わらず...

兄が亡くなっても
やはり...

変わることはなかった


「ほら♪乙羽ちゃん

 今日は
 オムライスだよ♪」


マスターがあたしの目の前に
オムライスを差し出す

今時の流行りの洋食店風の
トロトロな玉子じゃなくて
固くしっかりと焼かれた玉子焼きの上に
ケチャップで絵が描かれている

お母さんが時々、作ってくれた
オムライスのような
このオムライスが

あたしは一番好き


「酷い顔だな
 ちゃんと食べてんのか?」


マスターは心配そうに
あたしの顔を覗き込む


「...」


あたしは酷い顔を隠すように
髪を降ろし顔を伏せる


「あのな...

 人間、どんなに辛くても
 食べることだけは
 止めちゃダメだ
 
 悲しくて...辛くて...
 苦しくても...

 ちゃんと一日三回
 ご飯を食べるんだ
 吐いたっていいから...
 
 ちゃんと...
 ご飯を食べるんだ

 遺された人間は
 今日も明日も明後日も
 生きて行かなきゃ
 いけないんだから

 ちゃんと、食べて
 ちゃんと生きるんだ...
 
 そうしていれば、いつか必ず
 ちゃんと前に進める日が必ず来るから
 
 大丈夫...

 どんなに悲しくたって
 人は乗り越えられるよう
 わりと丈夫にできてるもんだ

 とは言っても
 少し時間はかかるがな...

 だからその為にも
 ちゃんと食べて
 ちゃんと寝て...
 普通の生活を心がけるんだ」


数年前、最愛の奥さんを亡くした
マスターの言葉は
十分過ぎるほど心にしみて...

あたしはこみ上げてくる
涙をこらえオムライスを一口
口に入れる

喉の奥がツーンと痛くて
うまく呑み込めない


「そうだ、上手だぞ
 食べろ、食べろ」


 こんな時でも
 美味しいなんて...

 マスターのオムライスは
 ズルイ...


あたしはうつむきながら
オムライスを口に運ぶ


「美味いだろ?
 今は何も考えず食べなさい」


まるで小さな子供を諭すように
マスターは優しくあたしの頭を
ポンポンと撫でた