それを知って尚、俺のために離れようと言う。


数え切れない程の苦渋を味わい、辛酸を嘗めてきた筈なのに……。

(それでも俺のため……か)


仮面の無表情の下は誰よりも脆く、繊細で壊れやすい。

元々そんな自分を嫌って、必死で隠そうとするうちにSS病にかかったんだろう。


人形のような少女。


その少女に現在進行形で救われてる男がいるのを知ってるのか、こいつは。

「バカ。たかだか17のガキが十も離れた男の人生を心配してんじゃねーよ」

そう言って、飾り物のような癖のない黒髪をぐしゃぐしゃに撫でる。


「ん゛ー……」

微かに嫌がる素振りを見せながらも内心は嬉しがっている事を、俺は知ってる。

(病気のせいか、本人も気付いていないみたいだがな)


顔が僅かに紅潮し始めた頃に手を離してやると、浮かべられるギリギリの睨みをきかせてきた。


「雨宮さん……」

「ははっ!悪い悪い。後生だ、許せ」

美星はそれで許してくれたようで、そっと手に手を重ねてきた。

表情に乏しい美星なりの表現方法だ。


「あの、わたし……その……」

美星は何かを言いかけながら、俺の目を見つめてくる。


綺麗な漆黒の瞳―――


暗闇の中でも俺を捉えて話さない大きな双眼だけが、たとえ表情が無くとも俺に多くを訴え掛ける。


今じゃ目を視るだけで美星の大体の気持ちが伝わる程。

まぁ、美星が隠そうとしている気持ちまで分かっちまうのが厄介なんだが。

だから―――


「かわ……いい?」


ぶっちゃけ、抱き締めたかった。

それを押し止めたのは、僅かに残っていた理性と、こいつの過去。


そして今のこの国の現状。


変わりに、何も言わずにもう一度頭を撫でた。

今度は出来る限り優しく。愛しく―――。